33.俺にユーグを助けろ、って?

 テオドールの作戦はこうだ。魔国に奇妙な病が流行り、子どもが死んでいくのは本当だった。精霊の力で治るのも、間違いない。ただ聖杯を奪っても、精霊が手を貸すか定かでなかった。だから魔王ユーグに恩を売り付ける。子どもを助ける術を施し恩人となった上で、裏切りを追及すれば彼も折れるだろう、と。


 譲歩を促す交渉術のひとつね。やり方がかなり汚いけど。相手が魔王ユーグなら仕方ない。リュシアンを誑かした手腕をみても、かなり手強い男だもの。


「今の時点で、精霊達はリュシアン殿に従っています」


 テオドールの話に頷く。目玉焼きが美味しいわ。二つ目に突入しながら、醤油が欲しいと呟く。目玉焼きは醤油派だったのよ。そう続ければ、エルフリーデはソース派だったとか。こういう話は転生者の特権よね。


「俺にユーグを助けろ、って?」


 地が出てきたのか、口調が砕けてきたリュシアンが眉を寄せる。気に入らないと表情で示す、その気持ちは分かるわ。自分を騙して裏切った相手を許せないんでしょう? でもね、あなたは協力すると思う。罪のない子どもを見捨てられないから。


「でしたら子ども達を見捨てますか? 彼らに罪はないのに苦しんでいる。このままでは死ぬのに、助ける手段を持ちながら見殺しに出来るなら、どうぞ」


 テオドールの方が上手うわてね。黙り込んだリュシアンの葛藤を横目に、エルフリーデが二枚目のパンケーキに入った。今度は私と同じく、目玉焼きをチョイスしてる。この岩塩も悪くないわよ。食べ物でこっそり盛り上がる私達を置き去りに、リュシアンは渋々妥協した。


「だったらユーグに償いを求める」


「当然の権利です。しっかり償っていただきましょう」


 執事が腹黒いんだけど、何かあれば私の監督不行き届きかしら。魔国へ手紙を出すことが決まり、食べ終えた私は立ち上がった。


「そろそろかしら」


「何か待っているのですか?」


 エルフリーデは二枚目もぺろりと平らげ、ようやくカトラリーを置いた。ナフキンで口元を押さえながら見上げる。それだけ食べるのに太らないのは、やはり運動量が違うからね。羨ましい。


「もうすぐ、向こうから来るの。それを待ってるのよ」


 頷いた彼女は勘違いしている。聖杯を持ち帰った魔王が、偽物だと気づいて連絡を取ってくると考えたはず。でも私が狙っているのは別よ。砦の上を覆うように集まった魔力達、これはすべて精霊だった。個体の姿が見えたら、さぞ壮観でしょうね。


 エルフリーデも魔力を感じ取るけれど、私ほど敏感ではない。ここは魔力の質の違いだから仕方ないわ。この精霊達が動くのを待っているのよ。


「出発の準備をさせます」


「朝でいいわ」


 このまま今晩は砦で過ごす。その後は移動を始めると、わざわざ口にした。さあ、精霊達はどう動くかしら?


 アルストロメリア聖国に愛想を尽かした精霊は、誰を選んで力を貸すのか。何が必要と考えるか。少し考えれば分かる。聖杯の偽物は3つ作らせた。ひとつは魔王ユーグの手元に、ひとつは本物と交換する為に用意し、現在は土産として手元にある。使っていない最後のひとつを、テオドールに預けていた。


「出してちょうだい」


「かしこまりました、お嬢様」


 美しい絹で包まれた聖杯の最後の偽物を机に置く。と同時に消えた。


「今のは!?」


「ええ、精霊の仕業ね」


 微笑んだ私は踵を返して廊下へ向かう。扉のところで足を止め、リュシアンとエルフリーデに声をかけた。


「出発は明日の朝に確定したわ。休んでおいてね」


 先ほど眠っていたのに、まだ眠いわ。お腹が満ちたせいかしら。テオドールを従え、私は与えられた客間でベッドに横たわる。


「お嬢様、すぐ寝ては」


「豚になる? いいじゃない、今日くらい」


「牛です」


 淡々と訂正しないで。大きな欠伸を手で隠し、そのまま寝転がる。呆れたと呟きながら、上掛けを掛け靴を脱がせるテオドールの手は優しかった。

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