32.欲張りすぎじゃない?

 正直、寝過ぎたわね。長く眠りすぎて、起床予定のお昼をオーバーしてしまった。軽い頭痛のする頭を押さえて、ベッドの上に起き上がる。


「お目覚めですか。こちらで身支度をどうぞ」


 用意された洗顔用の水で顔を洗い、差し出されたタオルを受け取る。顔を拭いている間に意識がはっきりしてきた。


「テオドール、なぜこの部屋にいるの?」


「お昼に起きると仰ったので、準備をしてお待ちしておりましたが、何か?」


 不手際があったかと心配そうに尋ねるけど、そもそもの前提がおかしいわ。この旅に侍女を連れてきたの。だから寝起きで化粧も着替えもまだの王太女がいる部屋に、異性がいちゃいけないのよ。それが執事でもね。お母様にも言われたじゃないの。


「前に注意されたでしょう? きちんと守らないと、お母様に遠ざけられてしまうわよ」


 本心からの注意を口にすると、彼はにっこり笑った。BLゲームの攻略対象って、美形ばかりよね。やっぱり攻めは顔で勝負ってことかしら。リュシアンには劣るけどね。


「お嬢様、旅の間は 侍女の数も減らしております。私が手助けしても構わないと思いませんか?」


「思わないわ」


 ぴしゃんと言い切った。キツイようだけど、どうせ彼は堪えないからいいわ。優しくすると付け上がるんだから。


「エルフリーデやリュシアンはどう?」


「すでに食事を済ませたようです。昼食はこちらにお持ちしますか?」


 窓の外は夕暮れまで行かないけれど、午後の日差しは傾いている。おやつの時間じゃないかしらね。


「軽食でいいわ。すぐに夕食だもの」


 テオドールの手を借りて着替えてしまい、頭痛に悩む頭を抱えた。なんで普通に手伝ってるの。気づかないで着替えさせてもらっちゃったじゃない! いろいろ問題がある関係だけど、テオドールが一番私を理解しているのは間違いない。服の好みや髪型、メイクに至るまで。侍女より彼の方がしっくりくるのよ。諦めを込めて溜め息を吐いた。


 身支度を整え、国境を守る砦の無骨な廊下を足音高らかに歩く。当然洒落た照明はなく、足元に分厚い絨毯もなかった。石造りの建物は、頑強さと利便性を重視して建てられた。戦うための砦に装飾品は不要である。


「王太女殿下、お体の具合はいかがですか?」


 砦の責任者である子爵がご機嫌を伺うので、頭痛がまだ残っていると返して追い払った。申し訳ないけど、相手をしている時間がないの。まだ婚約者の座が埋まっていない私に、親戚やら息子を紹介したい魂胆が見え見えよ。


 扉を閉めて、用意された軽食に手をつける。毒見はテオドールが済ませた。お茶とパンケーキだ。甘くない食事用のパンケーキに、リュシアンはたっぷりと蜂蜜をかけた。エルフリーデは、フルーツソースを選ぶ。食事として食べる私は、目玉焼きを乗せてハムと一緒に切っていく。


「テオドール、あなたも席に着きなさい」


「はい」


 事情を知らない者なら、執事を甘やかしたと見るかしらね。実際は逃がさないと告げる命令だった。


 この目玉焼き、端が焦げてるのに黄身が半熟で美味しいわ。味わいながら、話をするよう執事を促す。


「お聞きになりたいのは、あの場で魔王を逃した理由でしたね。簡単です。彼は子ども達を助けに帰らなければなりません。邪魔をすれば死に物狂いで反撃され、お嬢様が危険だったでしょう。何より、これで魔国も手に入りますよ」


「……欲張りすぎじゃない?」


「頂点に立つお嬢様が欲張りなのは、当然ですから」


 にこにこと肯定するテオドールを、エルフリーデが気味悪そうに眺めて首を横に振った。この男はないわ、その呟きも聞こえてしまう。そう言わないで、これでもいいところもあるのよ……たぶん。

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