48.生き延びることが最優先よ
「ちっ、姫さんは傷つけるなと言っただろ」
「すまねぇ、飛び出してきたんでつい」
聞こえた舌打ちに、呼びかけた名前と悲鳴を飲み込んだ。私に覆い被さったエルフリーデはドレス姿で同行した。絹に覆われた背中から尻に掛けて硬いコルセットに覆われ、簡単に剣が刺さらないはずよ。彼女も息を潜め、男達の動きを探っているように感じた。
彼らの会話から状況を推察すれば、目的は私。エルフリーデが飛び出したので、彼女を護衛と考えて切り付けた。でも倒れ込んだ二人がドレス姿なので、混乱している。どこまで情報を持っているのかしら。
僅かの間に様々な状況を考慮して、深呼吸した。血の臭いに吐き気が襲うけど、今は動揺したら危険だわ。彼らが私の顔や特徴を知らなければ、時間を稼げるかも知れない。ここは東のミモザ国が近い。お使いに出したテオドールが戻るまで、二人分の命を守らなくちゃ。
「エルフリーデ、任せて」
短く、最低限の言葉を小声で伝えた。彼女がずるりと滑るように脇に崩れ落ちたのを確認し、私は大急ぎで身を起こす。見回した光景は、ひどい物だった。
護衛の騎士は切り伏せられ、腕を縛られる。殴られた御者は転がされ、侍女の乗った馬車は男達に囲まれていた。だけど安心したわ。騎士も含めて死者はいない。ならば身代金目的の誘拐かしら。それとも私に何か条件を飲ませたい民の暴走?
ただの強盗ではないと考えたのは、彼らの言葉だった。独特の訛りがある。この国の出身者ではないし、視察予定の小国民でもなかった。耳や尻尾は隠しているけど、ミモザ国の民ね。
「おい、どっちが姫さんだ?」
後ろの馬車から引き摺り出された侍女が、短剣を突きつけて脅される。王太女を示せと言われ、彼女は目を伏せた。たとえ殺されても口にしない。そう覚悟を示す彼女は子爵家の次女だった。それなりの教育は受けている。
「やめて! 王太女殿下に対し、このような無体は許されないわ」
私は声を張り上げた。この男達の中に、私が王太女と認識できる者がいない。しかも傷つけないよう指示が出ていたなら、エルフリーデを王太女と思わせれば、確実に守れるわ。私が王太女だとバレても、別に構わない。その覚悟で彼らを睨みつけた。どちらとも取れる言葉を放った私の手は、エルフリーデを抱き寄せる。
「なるほど、傷つけた女が姫さんか。失敗したな……怒られちまう」
指示役が別にいることを隠そうとしない男は、傾いた馬車をちらりと見て眉を寄せた。どこかへ移動させる気ね。壊れた馬車を置いていくことが出来れば、テオドールに手掛かりを残せる。
「おい、あっちの馬車に女は全員乗れ」
御者と騎士を置いていくのね。合理的だわ。それに馬車をひとつにすれば、監視も楽になる。言いなりに動くだけのバカではなさそう。
騎士の一人と目が合ったので、瞬きで合図を送った。後は、守るべき皆が離れないようにすること。一番怖いのは、全員がバラバラに監禁されて、互いを人質に取られる状況よ。
「王太女殿下の治療もあるし、私一人では無理よ」
「おい、女共に担がせろ」
侍女達が集められ、赤く濡れたエルフリーデの姿に息を飲む。だけど余計な口を開かず、肩を貸して馬車に乗り込んだ。動き出す馬車の中、私はコツコツと扇の縁を指で叩く。侍女達は無言のまま頷き、それぞれの役割と覚悟を決めた。
侍女も王女も関係ないわ。生き延びることが最優先よ。
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