47. 嘘よ、嫌よ。こんなの認めないわ!

 やや広い国境を接するミモザ国は、シュトルンツ国の東側にある。獣人中心の国家で、国王は大きな狼と聞いた。国境の内側、シュトルンツ国内を大きな川が流れている。数百年前は、この川が国境だった。


 たびたび氾濫する暴れ川は蛇行しながら、ある小国を飲み込む。数百年の間にシュトルンツの領土となった土地である。ミモザ国は暴れ川と距離を置いたことで、洪水や浸水の被害から逃れた。と同時に、国内の畑に引く水が足りなくなる。


 巨大山脈の雪解け水がシュトルンツに流れ込むことで、肥沃な大地は乾燥してヒビ割れた。獣人である彼らは、自然のままに生きることが誇りだ。ため池を作ったり、人工的な灌漑設備は邪道と手をつけなかった。結果が、足りなくなった畑と荒れた土地だ。


 小国の豊かな実りを求めて何度も戦を起こし、攻め込んでは略奪を繰り返した。小国がシュトルンツ国に吸収された経緯は、彼らが庇護を求めたからだ。農耕民族である小国は、武力で奪うことに慣れた獣人に勝てないと悟った。蹂躙され、略奪されれば民が飢える。助けてくれるならとシュトルンツに領土を明け渡したのだ。


 そのような複雑な事情があるため、王族による定期的な視察が行われてきた。鮮やかな青い衣を纏う小国の風習や生き様を受け継ぐ民を労う。王太女の年間行事の一つとなっていた。


 国内であるため、馬車での移動はスムーズだ。今回はリュシアンとテオドールを城に残してきた。新しい種苗の開発に夢中のリュシアンは手が離せない。研究が終われば合流すると、当てにならない約束をくれた。


 東のミモザ国に予言の巫女が降臨したと噂を耳にしたため、テオドールに調査を命じた。その話が本当なら、予定より早く物語が動いているかも知れないわ。大切な推しのピンチに間に合わない、なんて許されないもの。しっかり調査するよう言い含めた。


「ねえ、エルフリーデ。異世界物の恋愛小説って読んでた?」


「そうですね。恋愛はいくつか。動物が好きなので、もふもふ系は数冊読みましたよ」


「もしかして「異世界ならもふもふ堪能しなくちゃね!」を知ってる?」


「どんなお話でした?」


 転生組同士なので、二人きりの時は口調が前世に近づく。似たような年代だし、あれこれ隠さない関係が本当に楽なのよ。ヲタの推しトークだから、この世界の人に聞かせられない。


 リュシアンが来ないと聞いてすぐ、執事をお使いに出したのは、視察中の馬車で盛り上がりたいからよ。知ってる物語があれば、楽しめるわ。


「そうね。ヒロインは転移でこの世界に来て、予言の巫女と呼ばれるの。お相手は王子で狼獣人、ヒロインが危機に陥ると助けに来るわ。でも私の推しはブラコンのウサギ王女よ」


「読んだかもしれないです。腹違いの姉弟で、種族が違うから結婚できる設定があった気がしたけれど。それですか?」


「ええ! 良かった。今度は知ってたわね」


 なにしろ「聖杯物語」の時は話が通じなくて、説明が大変だったもの。


「結婚できるなら王女も弟を意識したでしょうし、ブラコンになるわよ。目の前に理想のイケメン狼がいる環境だもの」


「分かります。私は溺愛系が好きですけど、友達の勧めで読んだんです。後から降ってきて王子を奪う巫女は嫌いでしたね」


「あれ、ご都合主義が過ぎたわ。一目惚れ設定だけど、それだけで今まで婚約者と目されてきた姉を捨てるなんて、王子がクズだわ」


 お互いに推しも一致していたようね。エルフリーデは王女に同情して、私は彼女のウサ耳イラストに惹かれた。懐かしい思い出話を繰り広げるうちに、忘れていた細かい部分も思い出す。刺激されたのね。


「実はね」


 その恋愛小説の舞台がこの世界にあるのよ。そう告白しようとした矢先、私達の馬車は大きく揺れた。


「え?」


 うちの領土内は舗装されてるのに、何があったの?! 土砂崩れの話は聞いてないし、かなり広い道だけど脇に落ちたのかしら。斜めに傾いた馬車の扉が外から開き、腕を掴まれて転がる。


「ブリュンヒルト様!!」


 叫んだエルフリーデが私に覆い被さる。直後、ぬるりと温かな液体が私に降り注いだ。鉄錆びたこの臭いは知ってる。


 嘘よ、嫌よ。こんなの認めないわ!

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