10.乙女ゲーム「精霊の剣の聖女」

 前の世界でラノベや聖女ゲームに夢中になった。一部BL系のゲームも遊んだけれど、主流は乙女ゲームだったわね。自分が物語のお姫様になれて、ちやほやされるのが嫌いな人は少ないと思うわ。


 乙女ゲーム「精霊の剣の聖女」は人気があった。私が知る範囲で、人気が高まって小説やアニメへの展開が予定されていたほど。グッズもたくさん出たわね。私の推しは主人公の聖女ではなく、攻略対象の王太子や宰相の息子でもなかった。女騎士としての一面を持つ悪役令嬢エルフリーデなの。


 公爵令嬢に生まれた彼女は、王家を支えるために王太子の婚約者となった。でも本当は騎士団に入って、騎士として生きたかったの。両親がそうであるように、恋愛結婚もしたかった。実家に伝わる精霊の剣を扱うために体力をつけ、剣技を磨く日々。王太子妃となるための勉強や礼儀作法も大変だった。


 当然、婚約者であるエックハルト王太子と仲を深めるエピソードが生まれるわけもない。そんな余裕は彼女のスケジュールになかったんですもの。平凡に見える茶色の髪、暗く見える緑の瞳、作品中でそう表現されたけれどまったく違うわ。


 柔らかなブラウンの髪は子猫のようだし、目を伏せがちにしているから濃く見える瞳は、オリーブに似た優しい色だった。本来おっとりした性格なのに、騎士としての訓練が影響してはきはきと話す。剣術を習った彼女はダンスの腕が素晴らしく、また体幹がしっかりしており姿勢も良かった。


 王太子と並ぶと、猫背の彼の方が小さく見えるのよ。それが王太子のコンプレックスを刺激した。文字通りそこへ舞い降りた黒髪黒瞳の聖女リサ。彼女は異世界転移ね。人が空から落ちてきたら、いくら魔法がある世界でも騒ぎになる。ヒロイン補正なのか、すぐにリサは王太子や周辺人物を誑かした。


 ゲームの強制力が働くようで、アリッサム国の王侯貴族は揃って聖女を支持する。いままで実際に国を支え、繁栄のために尽くした公爵家を蔑ろにするほどに。愚かなことだわ。現実が見えていないのね。


 「精霊の剣の聖女」の逆ハーシナリオは、全員を落とした後で隣国に攻め込む。理由は女王が魔女であり、聖女の力で浄化して改心させるから。その「隣国」としか描かれなかった国が、我がシュトルンツ国だった。国境を接する国の中で、女王がいるのはうちだけ。


「迷惑な話よね。お母様は魔女ではなくて、鬼なだけよ。かなり厳しくて悲鳴を上げて逃げ回るけど、出来ない無理難題を押し付ける人ではなかった。本当に、本っ当に怖いけれど、ただの人間よ」


 運ばせたワインで、少しばかり口が軽くなる。余計なことまで発言した気がするけど、エルフリーデは目を丸くしただけだった。


「攻め込まれると迷惑だし、諜報活動を行う影に調べてもらったら転生者っぽいじゃない? シナリオ通りなら聖女の手にある精霊の剣、引き渡しを拒んだと聞いたわ。だからエルフリーデを誘ったの。婚約破棄が起きる時期も状況も、すべて知ってたわ。あのゲームは重課金ユーザーだったのよ、私」


 グラスに半分ほど入っていたワインをぐいと飲み干す。隣の小皿に切り分けられたチーズを口に運んだ。スモーク系のチーズ、大好きなの。この世界に来て存在しないと知って、すぐ作らせたわ。異世界知識チートってやつだけど、チーズの味付けくらい好きにさせて欲しい。


 この世界はまだまだ心当たりのある物語だらけ――エルフリーデ、覚悟しなさい? こき使っちゃうんだから……酔った勢いで一緒にベッドに転がり、二人で他愛ない話をした。前の世界で食べたクレープの話に、我が国ならあるわよと胸を張る。ふふっ、今度二人で抜け出して市井を巡りましょうね。

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