09.完全にこの手に堕ちたわ

 本来なら室内に控える侍女も、執事テオドールもいない。私とエルフリーデだけの部屋で、先に私が秘密を明かした。突きつけたジョーカーの札を見て、彼女はなんて返すかしら?


 ひとつ大きく長い息を吐きだし、長椅子に腰掛けたエルフリーデは微笑んだ。


「ユイナですわ」


 隠すことなく、己の手札を晒した。互いにある程度知っていると分かれば、話が早い。


「転移、転生どちらでしたの?」


「転生です。王太女殿下も同じでしょうか」


「ブリュンヒルトでいいわ」


 シュトルンツ国の王族は変わった決まりごとが多い。他国と一番違うのは、王位は女系で受け継がれること。王族を増やす必要はなく、脇を固める公爵家は多くの妻を娶り血が絶えないよう心がける。だからこそ、王族の数が少なくとも成り立つのだ。


 何より、女系であれば間違いがない。王配が浮気しようと、生まれてくるのは女王の腹から女王の血を引く子のみ。他国であれば王妃が浮気して国王の血を引かぬ子を産む可能性があるが、女系相続ならその心配はない。過去に先祖がやらかしたアレコレがあって、このシステムが取り入れられた。察しちゃうわ。


 ブリュンヒルトの名に続くミドルネームのような「ローゼンミュラー」は、王族の個人に与えられた家名のようなもの。国に属する「シュトゥッケンシュミット」は称号だった。令嬢は家名で呼ばれる貴族家の習わしに従い、私の名称は「ローゼンミュラー王太女」となる。


 個人名であるブリュンヒルトを呼べるのは、私が許した者のみ。この大陸で最大の領地と覇権により、東西南北どの国も我がシュトルンツ国より格下だった。そのため、属国に等しい周辺諸国の貴族が私の名を呼ぶことは許されない。


「よろしいのですか?」


「だって転生仲間ですもの。それに、婚約破棄の場でも口にしたけれど、あなたは私の側近候補よ」


「候補はいつ外れるのでしょう」


「あなたが私に忠誠を誓った日から、ね」


 私の準備は出来ているわ。そう告げて反応を待つ。彼女はゆらりと立ち上がり、膝を突いて私の手に唇を当てた。ひんやりと冷たいのは、急いでシャワーを浴びた所為かしら。彼女のブラウンの髪から、薔薇の石鹸の香りがした。


「婚約破棄の場で名誉をお救いくださり、我が一族の命運をその手に握られる尊きお方。シュトルンツ国ツヴァンツィガー侯爵令嬢エルフリーデは、この命と名誉をローゼンミュラー王太女殿下に捧げます」


「受け取りますわ」


 簡単なようで、なかなか得られない体験です。転生して十数年、この世界で生きてきた私達の思考は前世より今生に傾いています。知識はそのままであっても、考え方や所作、言葉遣いに至るまで。すべてはこの世界に培われてきた。


 だから彼女の忠誠は本物――欲しかったものが完全にこの手に堕ちたわ。


「座って語りましょう。エルフリーデはお酒を飲めるかしら?」


「少しでしたらお付き合いしますわ」


 柔らかな友人のような口調に戻した私に、彼女が合わせる。エルフリーデの知っている知識は、私の持つ記憶と同じか。これからじっくり突き合わせてみましょう。

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