269.甘い言葉で口説かないで頂戴

 私が金髪に紫の瞳、テオドールは金髪に金瞳。宝飾品の地金は黄金で決まりね。問題は宝石の色だった。琥珀を使えばテオドールの色になるけど、黄金と同化する。私の瞳の色である紫水晶や紫翡翠もある。ただ、ありきたりなので選びたくなかった。


 二人のどちらかに、派手な色があれば良かったのだけれど。壁際に控えるエルフリーデなら、緑の瞳が印象的よね。カールお兄様は青い瞳だから、互いに色を交換して宝石が選べるわ。


 蜂蜜色のテオドールの瞳は美しいけれど、琥珀は迷う。どうしよう。


「いっそ、側近達の色を纏めて並べようかしら」


 それぞれの外見を浮かべる。エルフリーデは茶髪緑瞳、銀髪に金瞳のリュシアン。エレオノールはピンクのウサ耳が目立つけど、赤毛の緑瞳だった。クリスティーネの黒髪は懐かしいし、青い瞳はお兄様のようで安心できる。


 色を集めると、緑、ピンク、銀、金、赤、黒、青……プロに任せたら上手に飾ってくれるかも。いえ、一歩間違うと成金だわ。実際にお金があるから余計に、成金さが増す。却下ね。


「ブリュンヒルト殿下、こちらの宝石はいかがでしょうか」


 テオドールは宝石商が持ち込んだ宝石ではなく、別の宝石を取り出した。豪華な宝石ケースに入っておらず、柔らかな布で包まれている。ブローチになりそうな大粒だった。


「青っぽい紫?」


「はい、サファイアの一種です」


 さらりと告げたテオドールは、大粒の宝石を私の手に握らせた。透き通った紫色なのに、光の加減で青が強く出る。初めて見た色に、私は見入った。すごく綺麗だわ。それに珍しいんじゃないかしら。


「黄金とも相性がいいので、ぜひ使っていただきたいのです」


 控えめに申し出た風だけど、かなり強く押している気がした。こういう場面で、己の意思を押し通そうとするなんて。かなり驚いた。普段と違う理由は後で問うとして……。


 ごろりと手の中で転がる大きな宝石に、自然と視線が吸い寄せられる。他の宝石とは違う、不思議な感じがした。気に入ったわ。


「そうね、婚約者のお願いですもの。こちらを加工しましょう」


 表面はほぼ削り終え、形や大きさを整える程度で使える。少し迷った私は、固まっている宝石商へ指示を出した。この宝石は形を整えるだけで、大きくサイズを変更しないこと。周囲の宝石はすべて薄紫か薄ピンクの宝石を使用すること。承諾した宝石商へ、紫のサファイアを預けた。


 彼の様子からして、相当珍しい宝石みたいね。宝石商が連れてきた従業員が片付けたテーブルで、テオドールが香りの高い紅茶を淹れる。青紫の染料で花を描いた陶磁器のカップに注がれたお茶を、ゆっくり堪能した。


「あの宝石はどうしたの?」


「あれは母が賜った唯一の財産です」


「……唯一?」


 奇妙な言い回しに引っ掛かる。テオドールは一礼して向かいに腰掛けた。


「ヴィンターの国王が、母を見染めた時に贈ったブローチだと聞いています。王宮が落ちた際、母の遺品の中から持ち出しました」


「私が着けても……いいのね?」


「はい。以前からブリュンヒルト殿下の瞳の色のようで、手放せなかったのですが……私は本物を手に入れますから」


 顔が真っ赤になるのが分かる。なんなの? 婚約者になっても変わらなかったのに、こないだから別人みたい。もう結婚間近なのに、甘い言葉で口説かないで頂戴。恥ずかしくなるわ。


 言いたい文句が口の中で渋滞して、私は何も言わずに曖昧に微笑んだ。嬉しいだなんて、絶対に言わないわよ!

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