276.人族が一番狡猾なの
アルストロメリア聖国にいた時も感じていたけれど、リュシアンは真っ直ぐ過ぎるわ。多少外へ出た経験があるにも関わらず、同族にあっさりと嵌められた。それが物語のシナリオだとしても、警戒心を持ってくれないと困るのよ。
「今後、同じように騙されたくなければ、迂闊な返事はしないことね。精霊達も、ちゃんと彼を見張って守るのよ」
ぼんやりと光って見える精霊の群れに向かって、きちっと忠告しておく。ただ見守っているだけでは、彼はいい獲物として狩られてしまうわ。私に敵意を向けていた精霊達が、ざわりと揺れた。迷っているのね。
「私はリュシアンと契約した。裏切らない代わりに彼は私に手を貸す。断れば済む話ならいいけど、断ることで立場を悪くすることもあるの。今後のために学びなさい。幾つになっても、覚えて損することなんてないんだから」
知識はいくら溜め込んでもいい。その知識を上手に活用する経験も、同時に学ぶのなら……ね。私の言葉の意味を噛み締めるリュシアンのために、エレオノールが紅茶を淹れた。鎮静効果の高いカモミールを使うと思ったのに、レモンバームにしたのね。
一緒に用意された紅茶のカップに匙を入れ、くるりと回してから口をつけた。緊張を解すレモンの香りに、ほんのり蜂蜜が混ざっている。飲みやすいわ。
「美味しい」
ぽろりと溢れた言葉に、エレオノールが微笑んだ。添えたのはメレンゲ菓子ね。口の中で溶ける甘さは柔らかかった。
「あのさ、そんなに騙されやすそう?」
「ええ。ハイエルフの中でも騙されやすい方だと思うわ。ユーグに騙されたのに、まだ用心が足りないんだもの」
指摘されて、リュシアンは渋い顔で俯いた。精霊達が不安そうに彼に寄り添う。伸ばした手で精霊に触れながら、決意したリュシアンが顔を上げた。
「騙されないよう教えてくれよ」
「教師はテオドールがいいわ。それとエレオノールも補佐できる?」
「かしこまりました」
あっさり承諾したエレオノールは、問いかける眼差しに苦笑いした。
「リュシアン様が騙されると、私やブリュンヒルト様の仕事が増えてしまいます」
忙しいはずの彼女が、すぐに頷くなんておかしいと思ったら、損益を弾いたらしい。教える時間を惜しんで、後日手間を取られるより、事前対策に時間を割く方が有意義だ。その考えは正しいわ。後片付けは何倍もかかる。
「他の奴らはどうなんだよ」
俺だけじゃないはず。むっとした口調で誰かを巻き込もうとするけれど、無駄よ。
「エルフリーデもクリスティーネも、未来の王妃として教育を受けているのよ? 騙したり騙されたり、駆け引きばかりの世界で生きているわ。あなたの先輩だから敬いなさいね」
ふふっと笑って締め括る。いろいろ納得できない顔をしているけど、すぐに理解できるわ。外交官として有能なクリスティーネの凄さも、情けない王子を支える予定だった優秀なエルフリーデの強さも。エレオノールも後付け教育でここまで来れたんだもの。リュシアンも間に合うわ。
ふと気づいたけど……人族が一番狡猾ね。クリスティーネもエルフリーデも、私と同じ人族だったわ。
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