159.沈む船は見捨てるべきよ

「ローゼンミュラー王太女殿下が、ルピナス帝国の崩壊を予言なさった」


「すぐに亡命の準備だ」


 騒がしくなる貴族は、シュトルンツの属国から来ている大使に話しかける。それは自国を見捨てて逃げる決断だった。やだ、私が何か特殊能力を持ってるみたいに聞こえるわ。


「滅びるかもしれないし、持ち堪えるかもしれない。頭の交換が一番簡単だもの」


 大きめの独り言を呟く。聞き耳を立てる貴族達は、ひそひそと伝言した。ここで逃げても地位は維持できないが、帝国の皇族をすげ替えて生き残る算段は可能だ。そう判断するよう仕向けたのだけれど。


 宝石類を持って逃げても、いずれは資金が尽きる。でも領土を持っていくことは出来なかった。ならば、その領土を守って残り、シュトルンツの意思に従うのが一番賢い選択よ。これで、ちらちらと視線を送る貴族達が、皇族を守る理由がなくなった。いえ、むしろ積極的に追い落とすでしょうね。


 青ざめる皇帝は数歩下がり、よろけるように玉座前の床に座り込む。この針の筵状態で、玉座に腰掛ける勇気はなかった。アウグストは助けを求めるように視線を巡らし、己の元婚約者に声をかけた。


「あ、クリスティーネ。許してやるから戻ってこい。早くしろ」


「ちょっと! どういうつもり? 私と結婚するって言ったじゃない」


「うるさい! 黙れ」


 仮にも愛を囁いた女相手に、これは酷いわ。婚約者へ浮気を公表しながら破棄を口にして、今度は浮気相手に手のひら返し? 随分と忙しいこと。


 これでも、バカなりに考えた結果ね。もし皇家解体となれば、逃げ込む先が必要になる。エンゲルブレヒト侯爵家に、臣籍降下を狙った。もちろん許したりしないわ。


 エルフリーデの時と同じ、エンゲルブレヒト侯爵家は使えるの。悪役令嬢クリスティーネだけでなく、一族をそっくり取り込みたい。そこに愚かな第二皇子は不要だった。


「お断り申し上げます、第二皇子アウグスト殿下。沈む船に最後まで乗り続ける勇気はありませんの」


 優雅に一礼して断る姿は、堂々としていて惚れ惚れした。ヒロインなんて興味ないわ。ただ甘やかされて溺れるだけの愛玩動物じゃなく、噛み付いてくる猛獣が欲しいの。しなやかな肢体を誇る猫科の猛獣のように、制御することが難しい彼女達こそ、私に相応しい。ゾクゾクしちゃうわ。


「エンゲルブレヒト侯爵令嬢、とても素敵ですわ。惚れてしまいそうよ」


 ふふっと笑った私の言葉に、目を見開いた美女は一礼した。同じ黒髪でも艶があって綺麗ね。青い瞳もよく似合ってるわ。カールお兄様より深い色ね。目元がキリッとした感じで、可愛いエレオノールと対照的だった。


 綺麗系のクリスティーネのカーテシーは、一国を背負う国母になるため育てられた威厳と覚悟が滲んでいる。この誇りが好ましいの。実力に裏打ちされた自信、満ちた自信が作り上げる堂々たる態度。どの国も皇子には甘いのに、王子妃候補には厳しい教育を与えるみたい。


 そんなことしてるから、国が傾くのよ。自国の王族や皇族にこそ、厳しく自制を求めるべきだわ。まだ痴話喧嘩を繰り返す第二皇子と男爵令嬢に向き直った。そろそろ幕を引く準備をしましょう。

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