413.私の休暇が終われば、部下の休暇よ

 少しばかり野暮用を片付けて参ります――そんな挨拶を残して、テオドールが姿を消した。事前に根回ししていたみたい。休暇明けの翌日から、姿が見えないの。


 七日間の休みを終えて、痛む腰を摩りながら執務室へ顔を出せば、書類はほとんどなかった。おかしいわ、休み中の決裁はどうしたのよ。


「ブリュンヒルト様、体調不良とお伺いしております。日付に余裕があるものは、明日以降へ繰り越しました。緊急性が高いこちらだけ目を通して、あとはお休みください」


「……エレオノール、私は休み明けなのよ」


「存じております」


 いつもより固い口調だから、事前にセリフを決めていたわね? こういうところ、本当に気が利き過ぎて腹が立つわ。でもありがたいのも事実だった。長時間座っていられる自信がないの。


 椅子に大量のクッションが用意されているのは、間違いなく夫だわ。エルフリーデは私を支えるように歩き、そっと座らせてくれた。


「カールお兄様は戻られたの?」


「いえ。まだ現地で一部の貴族をやり込めているようです」


 リュシアンの精霊通信で、彼女へもたらされる情報は早い。どうやら反発する貴族がいるようね。勝手に領地に入ってきたお兄様に、自分達のテリトリーが荒らされたと騒ぐ連中は、どこにでもいるわ。


 だったら、騒動が起きる前に沈静化するくらいの有能さを見せなさいよ。ささっと目を通して書類にサインし、印章を押した。枚数が少ないため、すぐに終わってソファーへ移動を促される。こちらもまたクッションが用意され、エレオノールが腰に差し入れてくれたタオルに寄りかかった。


「ありがとう」


「いいえ。私も明後日から二日ほどお休みを頂きますもの。折角ですから、あの子を散歩に連れて行こうと思うのです」


「いいわね、気を付けて……そうだわ、私の馬車を使うといいわよ」


 エレオノールは私と入れ替えで休暇を取る。女王の留守に、宰相まで休みを取ったら国が停滞するわ。王宮に複数ある私の馬車は、女王の紋章が入っている。あれならば、どこでもフリーパスだった。


「ありがとうございます」


 喜ぶ彼女の様子から判断して、エルフが住まう森の方へ向かうようね。愛犬と一緒なら楽しめるでしょう。それによく働く側近への褒美と考えるなら、足りないくらいよ。


「エルフリーデはいつ休むの?」


「そうですね。夫が戻ったら考えます」


 カールお兄様と一緒に休暇……は厳しいわね。軍の要と近衛のトップが同時に休暇は、反抗勢力に付け入る隙を与えてしまう。ならば、片方は任務にすればいいのよ。


「王家が所有するルベルニアの別宅を貸すわ。エルフリーデの休暇中、お兄様にルベルニアの視察を任せたいの」


 感謝の言葉を聞きながら、クリスティーネを思い浮かべる。あの子は勝手に休むわね。そういう心配はしないわ。そもそも夫になったローヴァイン伯爵と、自由気ままに各地を視察しているし。


 リュシアンは心配しなくても、好き勝手に生きているわ。そろそろ彼も戻ってきそうね。新しい書物を本棚に揃えてあげましょう。


 ノックの音がして、エルフリーデが開いた扉から、長女ヴィンフリーゼが顔を覗かせる。


「女王陛下、あの」


「やり直し」


 厳しいようだけれど、女王へ話があるなら礼儀作法を守らないとダメ。母親に用があるなら、今の呼びかけがアウトだわ。


 少し考えてピンときたのか、ヴィンフリーゼは引っ込めた頭を再び覗かせた。


「お母様、お茶の練習をしたいの。お付き合いくださらない?」


「いいわ。ちょうど仕事も一段落したところよ」


 応じたところへ、便乗するようにフリードリヒが飛び込んだ。


「お母様、僕も!」


「レーも!」


 あらあら、パトリツィアまで。ふふっ、二人ともやり直しよ。

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