333.戦いは下準備が大変なのよ
出立する軍を見送って数日、私は大将を務める兄からの書簡を開いた。報告書と呼ぶより、手紙に近い。事実を淡々と書き連ねた部分より、私への私的な連絡が多いのよ。
綺麗な花が咲いていたから押し花にして持ち帰る、とか。エルフリーデの乗馬の腕前に感心した話、それから川で魚を捕まえて皆で食した話……。遠足に行ったんじゃないのよ?
「楽しそうで何よりだわ」
嫌味を兼ねてそう呟く。リュシアンが作った魔法に、精霊に手紙を運んでもらう方法がある。書類を精霊が預かり、精霊界を通じて任意の場所へ出現させた。ワープのような考え方ね。
一瞬で手紙が届いたら便利だわと漏らしたところ、エルフリーデとリュシアンの間で、精霊を使う通信方法を編み出した。他の人が使えないのは不便だけど、逆に言えば発信者を偽ることも出来ない。ハイエルフも介入できない、とても高度な通信方法だった。
その貴重な通信を使って、毎日「体調はどうだ? 仕事のし過ぎは良くない。しっかり睡眠を取るように」と伝える兄。当然私も返事を書くことになる。業務内容を伝える硬い内容だと、泣きながら返事を寄越すので私も少し譲歩した。
「ブリュンヒルト殿下、こちらを添えてはいかがでしょうか」
焼き菓子だ。テオドールが運んで来た休憩用の焼き菓子を、箱に詰めて差し出された。執務室は文官が数人とエレオノールもいる。呼び名は公のものだった。
「そうね、お兄様も喜ぶわ」
エレオノールも甘いもの好きだし、精霊には負担をかけるけれど。人が片手で持てる程度の荷物なら、運んでもらえると聞いている。リュシアンに預けるお菓子の箱に手紙を添え、傍に置いた。
「休憩にしましょう」
書類整理を手伝っていたテオドールはいつの間にか、お茶のセットを始める。香りのいい紅茶を、文官達にも振る舞った。
未来の王配だというのに、執事の頃の姿勢そのままだ。お陰で執務室へ出入りする文官の評判は、上々だった。
おそらくお父様の入れ知恵ね。
「クリスティーネ様は予定通り動いています」
離れたテーブルでお茶を飲む文官に届かぬよう、小声でエレオノールが報告する。小さく頷いた。今回のプロイセ国の動きは、一国の暴挙ではない。どこかで呼応して動く国があるはず。
将棋のように、駒が裏返るのが現実の世界よ。私が学んだ歴史は、前世も今生も裏切りのオンパレードだった。敵と味方、仕分けられないグレーゾーンが危険だ。見落として後悔するのは愚者の行いだもの。
「進軍は順調みたいね」
これは聞こえてもいい言葉なので、声量を気にせず口に出す。ここからは雑談を交えて、お茶の時間を楽しんだ。
リュシアンは新しい魔法の開発に夢中。あとで顔を出しておきましょう。ハイエルフの特性か、彼自身の性質か。夢中になると寝食を惜しむのよ。倒れる前に食事をさせて、眠らせなくちゃ。
焼き菓子も届けてもらわないといけないもの。私は午後の仕事を早めに切り上げる理由を作った。
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