92.無血開城を宣言します

 第三騎士団に出した指示で、他国の王族が命を狙われた。騎士達に動揺が広がる。城外で戦う第三騎士団は、ほとんど貴族の子弟がいなかった。つまり、他国の王族か判断できずに襲った可能性もある。


 第一騎士団所属の近衛達は、そう主張した。じっと聞く私の気持ちは「どちらでも同じ」なのよね。


「他国の王族と知らずに襲う? 考えてみて。王城の最も奥深くにある庭で、夜会の夜に、着飾った他国のドレスを纏う集団を襲撃したのよ。確実に来賓と判断できるわ」


「ぐっ、それは」


 第一騎士団が、平民出身者ばかりの第三騎士団を庇う理由なんて、どうでもいいの。何か裏事情があっても興味がないわ。重要なのは、貴賓と理解しながら襲ったこと。


「問題点はまだありますわ。ブリュンヒルト様と私は女性です。貴族令嬢としてドレスを着用し、着飾っておりました。夜会に参加する貴族令嬢を、集団で囲んで襲うのが第三騎士団のお仕事でしょうか」


 エルフリーデも容赦がないわね。それは後で指摘しようと思ったのに。緩んだ口元を扇で隠す。


「さらに付け加えましょう。本日の宴の主賓は、麗しき王太女殿下でした。にも関わらず、第三騎士団にその旨が通知されていなかったとしたら、何らかの作為を感じます」


 わざと知らせなかった。何も知らぬ第三騎士団を使って、最初から他国の王族を襲う気だったのでは? 表敬訪問した他国への宣戦布告と変わらない。


 悪意を持って捉えると、こうなるのね。テオドールがにやりと笑った。黒い笑みが本当に似合うわ。


「そのようなっ!」


「邪推です」


 身を乗り出して潔白を訴える騎士達に、私は小首を傾げた。


「でも、来賓の大使に聞いても同じことを言うわよ? だって、誰がみても明白な暗殺未遂事件だもの」


 戦争になるのも仕方ないわよね。笑顔でそう締めくくった。


 精霊信仰のこの国で、リュシアンは生き神も同然だ。その彼が、大袈裟に嘆く仕草で顔を覆い、溜め息を吐いた。


「そうか、俺も夜会に参加していたら、一緒に処分されるところだったんだな。精霊達によく伝えておかなくては」


 さっと顔色が青から白へ変わった彼らの血の気が引いた様子に、王女エレオノールが口を挟んだ。


「何を言おうと、我が国の国王が愚行をなし、王太子が他国の王族のお命を狙った事実は変わりません。これ以上恥の上塗りをしたくなければ、黙っていなさい」


 自国の王女にぴしゃりと言い渡され、騎士達は項垂れた。この国って、王族はもちろん貴族もダメなのね。この騎士達が貴族の子弟と考えれば、親や嫡子の教育も予測できてしまうわ。


「あ、精霊から伝令が来た。ローゼンベルガー王子殿下が、もうすぐ都に入るらしいよ? 大軍なのに早いね」


 止めを刺すリュシアンの報告に、エレオノールが大きく息を吸い込んだ。


「ミモザ国は無血開城します。すべての抵抗をやめ、シュトルンツ国の慈悲を請うように。第一王女エレオノール・ラングロワの名で宣言します」


 国王は使い物にならない。頼みの綱だった巫女は氷漬け、罵倒するだけで役に立たない王太子。唯一まもとな第一王女からの宣言は、王家の総意として発令された。

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