220.予定以上にうまく転がったわね
物語なら「めでたし、めでたし」で締め括れる逮捕劇だけど、現実ではそうは行かない。王政であっても貴族とは尊重される立場で、証言や証人を元に裁判を行う権利を有していた。特に我が国シュトルンツは、冤罪を防ぐ目的で裁判が奨励されてきた歴史がある。
女性への性的暴行は証人が口を噤んでしまう事例が多かった。被害に遭ったこと自体が恥とされ、なかったことにして黙るパターン。もうひとつは、相手が自分達より上位で権力によって口を噤まされるパターンだ。今回は後者だった。
裁判自体は公開されるが、こういった犯罪の場合に証人は匿名を希望する権利が認められる。未婚ならば今後の婚約に影響するし、既婚だとしても生まれた子の父親を疑われる可能性が高かった。今回は事件の被害者が揃って証言台に立つ。顔を隠す仮面をつけ、姿を薄絹のヴェールで隠して。
それでも身元がバレる可能性はあるのに、彼女達は証言することを選んだ。これ以上あの男達が大きな顔で歩き回るのは許せず、断罪したい気持ちが強い。重ねて、自分達と同じ目に遭う女性を一人でも減らしたい願いも強かった。
裁判は後日なので、それまでにテオドールが自白を引き出してくれるでしょう。尋問に失敗するとは思わない。それだけの信頼関係を築く手足なのだから。文官達が納得して頭を下げたのは、妻や娘が被害を相談したからだと思う。その勇気に敬意を表し、私は文官達に抱き寄せられた女性へ会釈を送った。
足音を殺して逃げようと企んだグーテンベルク侯爵は、床に顔を叩きつけられる。ぐへぇと変な声が出たけれど、上から踏んだらダメよ……カールお兄様。
「カールお兄様、手加減……いえ、足の力の加減をしてくださらない? まだ侯爵の地位にある人なのよ」
「未来の主君である我が妹に無礼を働き、この程度で済むなら感謝すべきだろう」
ふふっ、お兄様らしい見解ね。お父様が少し青い顔をしているけれど、お母様は楽しそうで何よりだわ。逃げようとした侯爵の捕獲に誰を使おうか迷っていたから、ちょうどよかった。テオドールでは子爵だから立場が弱いのよ。罪人の侯爵を床に叩きつけても、王子なら大きな問題にならない。
「この書類はどうする? いい証拠になると思うよ」
いざとなったら精霊を使うつもりだったリュシアンは、ひらひらと青紫の表紙を揺らす。
「リュシアンに預けるから、キルヒナー公爵家のハインリッヒと話を詰めて頂戴。ある程度まとまったら、報告書が欲しいわ」
きっちり調査する。王族派のトップを動かすことで、一切手抜きも忖度もしないと言い切った。咄嗟に反論しかけた貴族派だが、王族派の鋭い視線に黙る。貴族派で派手に幅を利かせていたハーゲンドルフ伯爵が、不祥事で失脚した直後だ。それも不名誉極まりない下劣な罪で。
うっかり反論などしようものなら、自分達も似たような罪を犯しており庇ったように思われる。ましてや女性に対する最低な罪を犯した彼らに同調したら、妻や娘、姉妹、果ては侍女からも白い目で見られること確定だった。
「決まりね。エレオノール、嘆願書はハインリッヒに渡して」
「はい、承知いたしました」
私が読み終えた嘆願書は、エレオノールの手を経て王族派の重鎮の手に渡る。貴族派はどれほど歯噛みしようと、もみ消しは不可能だった。
順番を間違えなくて良かったわ。王太女への侮辱からグーテンベルクの失言を引き出し、貴族派の策略を表に晒した。そこでタイミングよくハーゲンドルフが声を荒らげ、自業自得で足を掬われる。当初の予定より完璧に転がった。
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