219.どの派閥も仕組みのひとつよ
「お、王族派を贔屓なさるのですか!」
突然叫んだのはハーゲンドルフ伯爵だった。息子の失態を取り戻そうとする彼は、論点をずらそうと必死だった。責め立てられる貴族派を救わなければ、己の立場や地位が危ないと考える。溺れる人は藁をも掴むというけれど、本当ね。
貴族派を王家が潰そうとしている。論点をそちらへすり替えることで、私を追い詰める気なら……あまりにお粗末だわ。でも必死さは理解できた。視線を向けた先で、女王陛下はゆったりと足を組み直す。口出しする気はないから、好きにやりなさい。そんな感じかしら。
「王族派、貴族派、中立派。私はどこも贔屓しない。だって、どの派閥も同じよ。私の治世に利用出来る仕組みのひとつでしかないもの」
すでに出来上がった仕組みを利用するなら、中立派の文官が一番役立つわね。貴族派は餌として使えるし、私の意見を押し通すときは王族派を利用すればいい。使う目的の違う道具みたいなものだった。区別したり排除する必要はないの。
「それに、ハーゲンドルフ伯爵に発言を許した覚えはないわ」
ぴしゃりと話の腰を折った。近づいたエレオノールが、穏やかな声でハーゲンドルフ家に引導を渡す話題を切り出す。
「王太女殿下、リュシアン様のお話の前に、こちらを確認していただけますか」
権力を笠に着て女性を地獄に落とした親子には、痛い目を見てもらわないと。執政者が一番称賛され、その能力を評価されるのは――卑劣な敵を倒した時なの。
宣戦布告せず攻め込んだ敵国を退けたり、国政を転覆させようとした権力者を断罪するのが、この例に該当するわ。今回も同じ。権力と地位を濫用して、未婚令嬢から既婚者まで襲った。被害者の怒りや悔しさを晴らしてあげなくちゃね。
これは貴族派でも王族派でも、同じように罪に問う案件よ。女王制度のシュトルンツ国で、こんな卑劣な犯罪を見逃すほど、私の目は節穴ではなかった。
「嘆願書みたいね」
受け取った書類に目を通した。ここからは演技力がものを言う。すでに知っている話を、さも今知ったように振る舞うの。
「ハーゲンドルフ伯爵、三男のニクラスに対して複数の女性から被害届が出ているわね」
「冤罪ですな。あの子がそのようなことをするわけがない」
本当に、使いようのない駒ね。自白するのはこの一族の特色かしら? 私はまだ何も被害の内容を口にしていない。
「そのようなこと? すでに被害内容をご存知のようね。私の口からは説明しづらかったので助かったわ」
「ええ。女性の口からはちょっと……説明に困る被害ですから」
エレオノールが同意し、ハーゲンドルフ伯爵は青ざめた。慌てて「違う」だの「勘違いだった」と騒ぐ。
「勘違い……12名もの女性が被害を訴えているのに、全員が勘違いしたと? 何より、加害者はニクラスだけでなく、伯爵自身も含まれているの」
どこかで悲鳴が上がる。ハーゲンドルフ伯爵夫人が倒れたらしい。おそらく夫人は知らなかったはず。
「ハーゲンドルフ伯爵と、ニクラスを捕まえなさい。後で尋問します」
違うと叫びながら、引きずられて退場する伯爵は手を伸ばす。上着の裾を掴まれたグーテンベルク侯爵は振り払った。自分は関係ない。そんな顔で目を逸らす男へ、伯爵は捨て台詞を吐いた。
「くそっ、全部バラしてやるからな!」
「あら、お楽しみが増えたわ」
ふふっと笑って、文官達の集まる壁際へ視線を向ける。突然泣き出したご夫人やご令嬢を抱き寄せる者は、私に向かって静かに深く頭を下げた。
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