218.大人しく降参して頂戴
「いえ、そのような……つもりは」
慇懃無礼な態度が崩れ、混乱している侯爵を笑顔で眺める。広げた扇で顔を半分ほど隠しながら、溜め息を吐きたい気持ちを抑えた。おかしいわね、本当の黒幕が出てこないわ。
貴族派を牛耳る立場は、グーテンベルク侯爵だ。それが世間での一般的な判断だった。理由はこの強気で慇懃無礼な侯爵の態度、貴族派の中でもっとも爵位が高いことが挙げられる。
でもね、黒幕って地位が低いのよ。自分より立場や地位が上の者を操って、思うままに動かす。だから「黒幕」なの。表に出てしまったら、黒幕じゃないのよ。物語に関係なく、後ろで糸引く存在は隠されている。
表で利用する盾となる者を持ち上げ、その気にさせて代弁させた。実際に何か問題が起きれば、逃げられる位置から動かない。だからこうして茶番を演じたんだけど。
テオドールは影の者を侍従に混ぜ、広間内に配置した。精霊を使って情報を集めたリュシアンは、黒幕を発見している。その人物をマークさせたのだけど、動かないつもりね。
「ではどういうおつもり? 貴族派、だったわね。頭の緩い王族の伴侶に収まって、国を
グーテンベルク侯爵の顔色は赤くなり、青くなり、ついに白くなり始めた。国を乗っ取るつもりで候補者に息子を差し出した。王族に断定されたら、家自体の存続に関わる。
「ち、違います。そのように大それたことはっ!」
「へぇ、未来の女王陛下を傀儡にして、国の重職に貴族派を起用する計画は、大それたことじゃないのかな」
リュシアンが話に入ってきた。彼の立場は微妙だ。他国の支配階級だが、現時点で国を追われている。まあ追放された件は、貴族達も知らないので問題ない。ハイエルフ自体、アルストロメリア聖国の外で見かけることがないので、どう触れたらいいのか遠巻きにされていた。その距離を利用させてもらうわ。
「リュシアン、何か知ってるの?」
「もちろん。僕の優秀な精霊達は、どんな情報だって集めてくれる。彼女らが入れない場所はないからね」
海と一緒で、精霊の三人称は「彼女」なのね。リュシアンが男性だからかも。
「そ、それは冤罪だ」
「冤罪? あなた方の署名した計画の書類がどこにあるか、僕は知ってるけど」
慌てて数人の貴族が駆け出していく。その様子を見ながら、リュシアンは肩を竦めた。
「問うに落ちず語るに落ちる、は行動に対して使ってもいいのかな」
「そうね、私は使わないわ」
人の社会のルールはよく分からない。そんな言い方をするリュシアンが、なんだかおかしくて自然と微笑みが深くなった。
「僕は書類の場所を知ってると言ったけど、元の位置にあるなんて一言も言ってないのにさ」
リュシアンは手元に一冊の書類束を取り出した。書籍のように背を綴じた表紙は、青に近い紫色だった。
がくりと崩れ落ちる侯爵は、まるで廃人のようだった。あれこれと暴かれ、もうダメだと呟く。ここまでしても、黒幕は動かない気ね? 疑われないため署名したはず。それでも多くの貴族に紛れ、男爵家が槍玉に上がる心配はないと高を括っている。
逃げる自信があるんでしょうけど、先ほどリュシアンが言ったでしょう? もう全部知ってるの。貴族派が機能する状態で、手元に残してあげるから……大人しく降参して頂戴。
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