221.黒幕の名を呼びなさい

「父上、俺を使って何を企んでいた? お前の未来が心配だから王配に推薦したと……そう仰ったではないか!」


 脳筋なヨルダンは、カールお兄様に踏まれた父に詰め寄った。夜会の広場に配置された騎士が、お兄様の指示でグーテンベルク侯爵を縛り上げる。悔しそうに叫んだヨルダンの肩をお兄様が叩いた。


「その辺にしておけ。悪事は明るみに出たのだ。家族がそれ以上の辱めを与えてはならん。たとえ……罪人であったとしても」


 いいこと言ってるのに、二人の筋肉の絵面が邪魔で感動できない。凄く残念だわ。筋肉が一番強烈に印象に残って、せっかくの名言が霞んでしまった。同じように感じたのか、エレオノールも苦笑する。


「では失礼いたします」


 一礼して礼儀正しく出ていくハインリッヒの後ろ姿へ、カールお兄様が残念そうな目を向ける。


「気の毒に。折角、貝で染めた紫の正装を整えたのだ。もう少し楽しんでいけばいい」


 青い刺繍糸も同じ貝で染めた。私の瞳の色に合わせた装いは、一見すると地味だけどすごく高価な品だった。それを察したからこそ兄は引き留める。一度足を止めたハインリッヒは、困ったように眉尻を下げた。


「そうよ。わざわざ私の色に染めた絹を纏ったのだもの。仕事は後回しにしましょう」


 ある程度、お兄様に計画を説明しておいて良かったわ。上手に引き留めてくれた。ここで私が声をかけてしまったら、台無しなの。私がキルヒナー公爵の嫡男を奪うつもりに見えるでしょう? せっかくの支持派閥を敵に回す可能性が高い上、周囲が本気にするわ。


 勘違いはいくらでも訂正できるけど、本気で思いこまれたら修正が大変。扇を畳んで微笑み、手招きした。実年齢が想像できない若い外見で、リュシアンが美貌に笑みを浮かべる。周囲の貴族女性の甘い吐息を量産しながら、私に近づいて甘えるように手を伸ばした。


「ねえ、僕がいるのに他の人を侍らすの?」


 傾国の美貌はハイエルフの特徴のひとつ。私がショタ推しだったら落ちてたわ。蜂蜜のような琥珀の瞳が細められ、猫のように柔らかな銀髪が触れる。さらりと撫でて、頬に手を滑らせた。


「嫉妬なんて可愛いわね、でも選ばれるのは一人よ」


 どちらの意味でもおかしくない言い方をする。私達が衆目を集めている間に、グーテンベルク侯爵は騎士に引き渡された。彼に近づくエレオノールが、そっと何かを囁く。ピンクのウサ耳令嬢の言葉は、鋭い刃だった。


「っ! わしが首謀者など! そのようなことはありませぬ!!」


 このままではすべての罪はグーテンベルク侯爵の指示、ということになりますわ。さらりと告げられた毒はじわりと彼の心を染めた。黒い沼の水草が重く絡み付くような不快感と恐怖が、侯爵の口を軽くする。黒幕の名を呼びなさい。


 誰もが美しいと褒めてくれる顔に、幾度も練習して身に付けた王族の微笑みを貼り付けた。もう正体は知ってるの。さっさと黒幕を引き摺り出しなさい。それがあなたの最後の仕事よ。引き摺られて喚き散らすグーテンベルク侯爵を見送った。


「ローゼンミュラー王太女殿下にお目にかかります。ローヴァイン男爵ラウレンツと申します。少しよろしいでしょうか」


 ああ、ついに動いた。

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