359.次はヒルト様の番ですね
今後のための反省は、エルフリーデが担当してくれるはず。私が追い詰めすぎるのは良くないわね。
「……本当に話題が尽きないな、あんた」
呆れ顔のリュシアンはどこから見ていたのかしらね。到着しても入ってこなかった様子だわ。さっと斜め後ろに移動するテオドールに視線を送れば、意味ありげに逸らされた。ほぼ全部聞いていたの? 悪い子ね。
「お兄様への躾はエルフリーデに任せるわ。バッハシュタイン公爵夫人と令息をお迎えする部屋を用意しなくては。失礼のないように手配して頂戴。エレオノールに任せます。サポートにテオドール、お願いね」
「承知いたしました」
名の出なかったリュシアンがぷくっと頬を膨らませる。
「僕の仕事は? わざわざ読書の手を止めてまで来たんだけど」
「あら、用がないなんて言わないわ。頼みたいことがあるもの」
クリスティーネは命じる必要がない。黒髪の侯爵令嬢は察しが良すぎるの。お茶会を開いて噂を広める算段を始めたわ。貴族派にかなり食い込んでいるようだから、好きにさせましょう。
「アリッサム王国の現状を報告して欲しいの。精霊達から見た真実を、よ。お願いできる?」
「精霊から見たってことは、報告に不満があるのか」
ええ、報告された難民の数が少なすぎるのが気がかりなのよ。こっそり受け入れる必要はないはず。にも関わらず、難民の数が想定より少ない理由……逃げてきた難民を殺していない? 金品を奪って盗賊のような行為をしているなら、国ぐるみの可能性があった。
シュトルンツ国は、こういった不正には厳しいわ。民あっての国だもの。それにアリッサム王国を併合するにあたり、人口が減り過ぎていたら、予算の再計算が必要だった。
民が多過ぎれば食料などの援助費用が嵩むけれど、少な過ぎれば労働力が不足する。当然足りない人員は、他国から移民を募って埋めることになるわ。
移民へ支払う賃金や当面の生活費の支給を考えると、元から住むアリッサム王国の民を利用する方が安い。何より、国土や気候に慣れた民は生産性が高かった。
「だから民の数をきちんと把握したいのよ」
事情をきちんと説明することで、見当違いな報告を防ぐことが出来る。私のやり方に慣れ始めたリュシアンは「いいぜ、任せろ」と請け負った。自信満々なその姿に、頼むわねと頷く。
さて、バッハシュタイン公爵夫人の件を、お母様にご報告しておきましょう。とっくにご存知のはずだけれど、報告した事実を公式に残すことが大事よ。
動き出した側近達を見送り、私は再びソファーに横たわった。午後の日差しはかなり傾き、窓のカーテンを揺らす風が冷たく感じる。僅かに震わせた肩に気づいたテオドールが、仮眠用に用意した毛布を肩に掛けた。
窓を閉めて、なぜかカーテンまで閉め切る。外からの日差しを遮られた部屋は夜明け前のように薄暗く、私は嫌な予感に毛布をぎゅっと引き寄せた。
「ローゼンベルガー王子殿下の処置はお見事でした。バッハシュタイン公爵閣下に関しても、一番堪える罰でしょう。次は……ヒルト様の番ですね」
「いえ、その……私は悪くないわ」
「おや、反省なさっておられない? 危険だから護衛が付き添う。これが王太女殿下の日常であったのに、兄君が同行されたとはいえ……御身を危険に晒したのですよ? 我が息子を宿した愛しいお体を――」
「っ! ごめんなさい」
素直に謝罪が口をついた。声が震えた私を見詰めるテオドールは、どこか冷たくて。逃げそびれた事実に項垂れた。
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