50.モブにだってチートはあるのよ
ガタンッ、派手な音がして馬車が左右に揺れた。慌てて皆で椅子や窓枠にしがみ付く。そこからは酷く揺れる道が続いた。おそらく街道を外れて、山道に下りたのね。カーテンの隙間から外を窺い、予想通りの展開に眉を寄せた。
馬車が通るよう整備されていない山道は、木の根や大きな石が突き出ている。そう遠からず馬車の車輪が壊れるはず。その時が勝負だわ。この中で一番の戦力であるエルフリーデは肩を痛めて戦えない。ならば仕方ないわね。
「エルフリーデ、剣を貸して」
「……無理です」
鍛えていない王太女が戦えるはずがない。その意味でも、精霊の剣が拒む意味でも、エルフリーデの言いたいことは分かるわ。でもね、私だって勝算のない戦いはしないのよ。身を屈めて、彼女の耳にこっそり作戦を吹き込んだ。
危険だけど、これしか手がないの。そう付け加えて締め括る。黙ったまま目を閉じて考えた後、エルフリーデは熱っぽい手で私の手首を掴んだ。
「こちらです」
スカートのスリットの内側に隠していた剣のベルトを外して渡される。発熱してるけど、意識もはっきりして呼吸も安定していた。エルフリーデの傷は深手ではない。命に別状はないと判断して安堵の息を吐いた。
今回の状況は私の失態よ。国内だからと甘く見た。毎年訪れる場所に慣れて、危機感が薄れていたのね。あなたの傷の痛み、その美しい肌を傷つけた代償は私も払うわ。ひとつ深呼吸して、精霊の剣に魔力を流す。いきなり鞘を払ったら、弾き飛ばされてしまうもの。
何度か魔力を馴染ませて、鞘を抜かずに扉の方へ向ける。柄をしっかり握って、集まってくる光の玉に心で話しかけた。助けを請う言葉を伝えながら、魔力をさらに高める。まだ隠しておきたかったチート能力だけど、出し惜しみして死ぬのは本末転倒よ。
今回の実行犯は獣人で、ミモザ国の出身者ばかり。ならば彼らは精霊が見えない。一気に叩きのめしてあげるわ。魔力を纏う鞘がゆらゆらと陽炎に包まれた。
「扉が開いたら、全員伏せて。私が許可するまで動いてはダメよ」
「「はい」」
侍女達の返答に頷く。エルフリーデを守るように、子爵令嬢が覆いかぶさった。侍女の中で一番動けるわね。有事に使える侍女は貴重だわ。名を覚えておいて、私の専属にしましょう。
がこん、グシャ……ドタン。派手な音がして馬車が傾く。予想通り、馬車の車輪が壊れたわね。誰もが窓枠や椅子にしがみついて体を支える中、私は床の真ん中にしっかりと陣取った。正座の足を両側に逃した形で、バランスを取る。
嫌な音が続いた馬車は、ついに動きを止めた。外が騒がしくなる。壊れた馬車に苛立つ彼らの声が近づき、扉ががたんと揺れた。しかし馬車全体が歪んだ影響で開かない。乱暴に叩く音がして、蝶番が悲鳴を上げた。
ぎぃ……軋んだ音を立てて開いた扉に、私は叫んだ。
「集え、精霊達。我らの貴き契約を遂行せよ。フォイエル!」
撃てと号令した響きに反応し、精霊達が動き出す。私が鞘に満たした魔力を吸収し、炎と風の精霊が火炎放射器のように獣人の毛皮を焼く。
「うわっ、なんだ!?」
飛び退った男の脇から伸びた手も炙り、さらに魔力を流す私の肌がぴりりと痛んだ。水と風の精霊が氷で扉を作り出す。透明の美しい氷は、そのまま馬車を覆った。結界代わりに守ってくれるようね。
「くそっ、魔術師か」
侍女の中に魔術師がいたと判断したのは、ある意味正しいわ。状況判断能力はあるみたい。でもね、正確には魔術ではないの。にっこり笑った私はまだ柄を握ったまま、侍女達に声をかけた。
「起きてもいいわよ」
「これは……」
驚く彼女達をよそに、私はほっと安堵の息を吐く。間に合ったわ、ほら……もうそこまで彼が来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます