266.慣習が正しいとは限らない
ドレスの色は彼女らに任せる。リュシアンの意見もちゃんと取り入れるよう、注意はした。これ以上は本人の頑張り次第だわ。
「結婚式後ですが、正式なお披露目が後日ならば……披露宴はしませんの?」
「クリスティーネ。この世界では披露宴という単語はないのよ」
前世の知識があるエルフリーデは違和感なく受け止めたが、リュシアンとエレオノールが首を傾げた。ちなみにテオドールは無言でお茶の支度をしている。
執務室の来客用テーブルは、今まで四角かった。長方形で長い面に沿ってソファーが並ぶ。その形を私が改めた。慣習として使ってきたけど、側近の数が増えると不便なのよ。いわゆるお誕生席を作れば順番が発生する。序列ができてしまうわ。
無駄なマウント取りは嫌いなので、円卓にした。そういえば、アーサー王の物語に円卓が出てきたわね。序列云々じゃなく、ただ妻の嫁入り道具を自慢したかっただけらしいけど。あれを聞いた時は、苦笑いが浮かんだわね。序列が明確にならないよう、誰もが平等になるための円卓と思っていたんだもの。
円卓に序列がないのはいいこと。採用して、専用のソファーも作らせた。カットしたバームクーヘンのような椅子よ。円卓の大きさに合わせて曲線の椅子を用意させたの。
ぐるりと円卓を囲む男女の前に、テオドールは淡々とお茶を並べていく。給仕する側も円卓は使いやすいと評判だった。人と人の間が、意外と開くのよね。
「時間帯にもよりますが、夜会またはガーデンパーティのようなイベントが必要かも知れません」
慣例通りなら、結婚式の後はお披露目が行われた。夜会が多く、午前中の結婚式が終われば一度引き上げる。着替えて再び夜に集まる形が一般的だった。ほとんどの貴族はこの形式で結婚式を執り行う。
「お披露目をずらして慣例を破るなら、もっと変更しても構わないと思いますわ」
クリスティーネは革新的な提案を始めた。前世の知識があるから、結婚式が午前中のみ、お披露目は着替えるなんて無駄は許せないらしい。
「結婚式をお昼にして、そのままガーデンパーティーにしましょう。これなら早朝に起きて準備しなくていいですし、昼食をパーティーで食べられます。何より、着替えて集まり直す無駄が省けますわ」
クリスティーネの案に、エルフリーデも頷いた。この世界は何だかんだと着替えたがる。王侯貴族の嗜みとばかり、一日に数回着替える王族もいるほど。シュトルンツでも王族は朝と夜の二回だけど、貴族の中には五回着替える者もいると聞いた。
女性ならば、着替えるたびに化粧と髪型、お飾りも変更になる。冗談じゃないわ。私は無理よ。
「慣習を破ることに、貴族達は何か言わないでしょうか」
保守的なミモザ国の王族だったエレオノールは、不安そうに指摘した。貴族は見栄とプライド、礼儀作法で出来ている。過去を踏襲しない未来の女王に、反発されても困るのだ。
用意された紅茶に口をつけ、並んだ茶菓子をひとつ摘む。このメレンゲ、美味しいわね。
「言うでしょうね。でも黙らせる方法があるの」
ふふっと笑うクリスティーネは、悪い顔をしていた。外交官として教育を受けた彼女の案に、全員が「それならいける」と頷く。一番重要な時間が決まれば、良い日を暦から選んで日付が確定し、最後のパーティーまで。あっという間に予定が組み上がった。
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