267.花瓶はそのまま花だけ入れ替えてね
クリスティーネの発案通り、私達は動き出した。世論を動かすなら噂話が一番早いわ。嘘と真実を混ぜて撒き散らす。根拠のない噂なら、回収したり責任を取る必要はなかった。
結婚式直後のお披露目という慣習を破る理由を、それっぽく整えればいいの。誰が聞いてもおかしくないように、ね。
――未来の女王陛下は、来賓より国内貴族との繋がりを重視している。
なんてどう? 貴族は見栄とプライド、礼儀作法で出来ているの。その虚栄心を擽れば、すぐに彼らは私達に靡いた。王太女である私が、他国の王族よりシュトルンツの貴族を優先した。そう思い込むのは貴族の自由よ。
もちろん国内を統制し、治めていく中で貴族の存在は無視できない。重要なパーツだった。でも駒は駒、なければ新しく調達することも可能なのよ。私は必要な側近を国内ではなく、国外から見繕った。それこそ、夫でさえも……。その点を彼らは見落としているわ。
噂が広まるにつれ、貴族の支持が集まり始めた。こんな噂が他国に流れたら、気分を悪くするのでは? と心配する声も聞かれる。愚かな心配ね。
この程度の噂で踊り、足を踏み外すようなら、国主は務まらない。今回の来賓は、すべて国王や王太子、王妃などの重鎮ばかり。同行者は許されるけど、各国の上位者ばかり集まるパーティーよ。相応しくない者を同行させる王はいないわ。
彼らは理解しているの。まず国内を掌握出来なければ、国外との交渉は不可能だ、と。足下がぐらついているのに、他国と話す余地はない。自国内が安定しない国は、必ず反乱や簒奪が起こるもの。国内を抑えて初めて、外へ目を向けられるのよ。
シュトルンツは王族の権限が強い。他国に比べて貴族の裁量はあまり認められて来なかった。女王制だからよ。過去に女を国王に出来るかと反逆された事例があり、ある程度貴族の権限を削いだ。その分だけ王族の責務は増している。
大量の書類がその一例ね。他国なら領主の権限に当たる内容でも、女王の決裁が必要になる。私はその権限を、文官達へ委譲した。下級貴族である彼らに圧力を加える者が現れたら、順次粛清していく。賄賂が横行しないよう、二重三重にチェック機能を設けた。
前世の日本で覚えた知識は、こんなところでも役立っている。
「ブリュンヒルト殿下、こちらをご覧ください」
影が集めた情報を記した報告書を受け取る。じっくり眺めて、並んだ家名のリストに頷いた。
「見せしめが必要かしら」
「では、ここなど……いかがでしょう」
リストにある中でもっとも軍事力を持つ家だ。全部潰してしまうのは惜しい。女王が交代する時期は、混乱に乗じた横領や反乱の芽が増える。それを狩るのは、次世代である王太女の役目だった。
「白い花を赤い花に変えたらどう? 花瓶は気に入っているの」
泥臭い命令を直接口にしない。現在の当主を、親族の誰かに挿げ替えろ。その際赤い花と称したこちら側の人間を選ぶこと。ただし、花瓶である軍事力は維持しないと勿体ない。
他国と国境を接するため、自然と軍事力を蓄えた。せっかく伯爵家が構築した領軍を、みすみす解散させることはないわ。そっくり手に入れたら、使えるでしょう? 頭だけ交換すればいいの。仕組みはそのまま使いましょう。
「かしこまりました。赤い花を飾ってご覧に入れます」
数日後の食卓に、美しい赤い花を活けた花瓶が並ぶことを確信し、私はにっこりと笑って見せた。
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