213.順番と地位に仕掛けた罠

 貴族派には少し焦ってもらいたいの。ボロを出して、早い段階で失格を言い渡す理由を作ってもらわなくてはね。


「アルストロメリア聖国、ハイエルフのリュシアン・モーパッサン様」


 リュシアンがすっと前に出て一礼する。長い銀髪は首の後ろで結び、肩からさらりと髪束が滑った。指先で髪を戻しながら顔を上げるハイエルフは、整った顔で微笑む。会場内の淑女がざわりと揺れた。幼く見えるけどお祖母様より年配よ。金の瞳が広間を見回すと、うっとりした溜め息が漏れる。


「キルスナー公爵家嫡男ハインリッヒ様」


 品のいい上着は青紫、紺に近い布へ数種類の紫糸で刺繍させた。所々に金の飾りが入り、なんとも優雅だわ。私の金髪紫瞳に合わせたように見えるけれど、実際は違う。勘違いさせる服装を頼んだんだけど、これなら完璧だわ。


「グーテンベルク侯爵家次男ヨルダン様」


 軍服に似せた正装は、飾りが多い。勲章にも見える房や飾りを多用していた。ただ、自慢の鍛えた体を誇示したかったのか、ピッチピチなのが玉に瑕よ。カールお兄様と同じタイプね。


「シェーンハイト侯爵家三男クラウス様」


 淡々と読み上げるエレオノールの声が響く。文官として事務能力が高い彼は、きっちり首までクラバットを巻いて、シンプルなカメオのブローチで留める。華やかな貴族の婿入りではなく、実力重視の文官として生きていく覚悟が感じられた。


 ここでようやく主役の出番よ。


「ハーゲンドルフ伯爵家三男ニクラス様」


 大きな金剛石を胸元に飾った彼の衣装は、正装の基準の中ではカジュアルな部類だった。いえ、そんな優しい表現は不要ね。前世風に言えば、チャラいの。毎回違う服を纏う彼は、宝石以外にお金をかけないみたいね。


「ワイエルシュトラウス子爵テオドール様」


 わざと地位を上げなかった。私の主治医なら、伯爵家にするべきなの。でもね、本日の主役が一番下になってしまうじゃない? 執事でもある彼を一番最後にすることが、仕掛けのひとつよ。


 順番は練りに練った。外交駆け引きを得意とするクリスティーネが、テオドールを最後にする案を出したの。執事なら子爵で当然、でも専属医師なら伯爵へ叙爵可能だった。もし王族の命を救ったり、流行病を抑えるなどの功績があれば、侯爵位もあり得るわ。


 今回は叙爵を取り消したのではなく、時期をずらしただけ。この夜会が終われば、お母様から伯爵位を賜る予定なの。一応国内でも有名な飛び級医師だし、魔国バルバストルからユーグ陛下にお褒めの言葉を頂いている。魔王様直々の感謝なんて、お母様が喜ぶでしょう?


 紹介される順番は、他国の支配階級から始まり、爵位の順番よ。同じ侯爵家同士なら、三男より次男が優先される。家の継承権を判断した結果ね。次男は嫡男に不幸があれば、すぐ当主になれるよう教育されていた。


 今日の主役であるハーゲンドルフ家は今日で終わり。派手に散ってもらうわ。そのために文官達や夫人に協力要請したんだもの。孔雀みたいに派手に装ったその姿、見納めだと思えば……そんなに悪くないわ。

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