212.婚約者候補の6人は前へ

 夜会が行われる広間への入場は、公平を期すことになった。つまり候補者の誰の手を取ってもいけない。エスコートさせたら、すでに相手が決まったように見えるでしょう? 内情は結論ありきの出来レースでも、そう見せないのが腕の見せどころよ。


 お母様とお父様に続き、私はカールお兄様と腕を組んで足を踏み入れた。王族が揃って現れたことに、会場が一瞬静まる。すぐに音楽が奏でられ、ざわめきが戻った。そういえばこの世界、国歌がないのよね。国歌演奏は皆の結束に役立ちそうだから、後で提案しましょう。


 用意された席に大人しく収まる。今日のドレスはシンプルだが、高価な素材をふんだんに使わせた。色は淡雪のような白、銀糸の刺繍が全身に施され、小さな宝石が縫い付けられた。誰かの色が出ないよう、赤青黄緑紫……ピンクやオレンジなどの中間色の宝石も使用する。


 マーメイドタイプで、スリットも膝まで。袖は七分できっちり露出を抑えた。夜会では胸元を大きく開けてアピールし、素肌の上に豪華な首飾りを載せるのが主流だ。その慣習を無視し、首元までレース素材で覆った。胸元の開いたドレスへ、レースで覆いを掛けた形だ。


 首飾りはなし。代わりにレース部分に宝石を散りばめた。首飾りをしたように見える形に配置した宝石は、大粒から小粒まで。様々な色と形に変化させた。まだ私は誰のものでもないと示すために。


 ダンスをしても胸の谷間が見えないデザイン、腕を組んでも素肌が触れない袖丈。完全防備で臨んだ。手首まで隠す白いレースの手袋を付け、ゆったりと椅子に座る。


 隣に置かれた椅子に落ち着いた兄の視線が、すっと流れた。目で追う先に、青いドレスのエルフリーデがいる。まさかお兄様が、自分の瞳色のドレスを贈ったのかしら。嬉しそうに微笑んでるわ。


 ピンクのウサ耳のエレオノールは、耳の色より濃い桃色のドレス。クリスティーネは柔らかなミント色のドレスだった。全員がイメージ通りのデザインを選んでいた。この辺の切り替えはさすがね。部屋着みたいに自由に好きな服を選ぶには、私達は肩書きやしがらみが多すぎるのよ。


 テオドールは執事服ではなく、貴族としての礼装に身を包んだ。民族衣装で誤魔化すリュシアンは、柔らかなクリーム色の布を揺らす。ハイエルフが好んで着用する、ギリシャ神話風の正装だった。


 貴族派は華美な装飾のついたデザインが多く、宝石も粒の大きさを競うようにギラギラと飾る。対する王族派は由緒ある家柄ばかり、質と品に拘った正装はシンプルだ。布と同色の刺繍を施したり、先祖伝来の宝石を控えめに装着した。


 どちらとも違う一団が、壁際に固まっている。普段は貴族の夜会に参加しない文官とその妻達だった。文官達は制服、夫人方はドレスのレンタルを手配した。服装規定を先に通達することで、他の貴族に見下されることを防ぐのが目的だ。もちろん、他の思惑もあった。


「婚約者候補の6人は前へ」


 私の発した命令に、王族が揃う玉座の近くに青年達が集まった。ここで紹介される順番が大切なのよ。エレオノールが歩み寄り、静かに一礼した。頷いて壇上に上がることを許す。


 玉座のある高みまで、全部で5段あった。貴族の階級と同じ数の階段を、彼女は4段登る。侯爵位と並んだが、実際、女侯爵であり私の宰相候補だった。


「僭越ながら、ローゼンミュラー王太女殿下の秘書官である私、エレオノール・ラングロワがご紹介申し上げます」


 広間の人々は緊張に包まれた。

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