90.随分と甘く見られたものね
「第三騎士団は、ジェラルド王太子殿下の命で動いた。その証拠はすでに手元にあるの。どう返答しても構わないわよ?」
にっこり笑って逃げ道を塞ぐ。
「違うと言うなら、我が国の精鋭軍と戦えばいいわ。安心して、すぐに動かせた軍は1万程だそうよ。もし罪を認めるなら、きちんと償っていただくだけ。どちらでも好きな方を選ばせてあげる」
まともな王族なら戦争を避ける。だけど、このお子様に高度な判断を求めるのは間違ってるわ。選べないならまだマシ、おそらく愚かな選択をするはず。
「……魔女め」
「あら、素敵な褒め言葉ね。なら国を滅ぼす戦争を選ぶのね?」
ぎりっと歯を食い縛る音が聞こえる。エレオノールは何も言わなかった。もう見切りを付けたのかしら。
「エレオノール王女殿下はどう思うの?」
「私はローゼンミュラー王太女殿下に従います。先ほど、そう宣誓しましたわ」
顔を上げたまま、淑女の微笑みを湛えて答える彼女の声は、まったく震えなかった。やっぱり、見どころがあるわ。
「姉上?! 裏切るのか」
「先に裏切ったのはジェラルド、あなたよ。私を捨てて別の女を選ぶなら、捨てられる覚悟くらい持ちなさい」
巫女に何の能力もない説明をされても、予言の巫女という
「そうだ! ここにはまだ王太女がいるじゃないか! この魔女を人質に取れば勝てるっ!!」
半分広げた扇で笑みを隠す。エルフリーデもレースの手袋で覆われた指先で、口元を覆った。
「随分と甘く見られたものね」
「精霊の剣に懸けて、必ずお守りいたします」
女騎士でもあるエルフリーデは、細身の剣をゆっくり構えた。見せつけるように精霊が集い、光を放つ。
「やっと俺の出番が来た!」
嬉そうに目を輝かせたリュシアンも、大量の精霊に呼びかける。眩しいほどの量を集めて、にやりと笑った。精霊が見えない者も、害意のある視線や気配には気づいたらしい。壁際で剣の柄に手を置いた騎士は、全員青い顔をしていた。
「お嬢様、全員息の根を止めてよろしいですか?」
「よろしくないわよ。それとこれは生かしておいて」
扇の手はそのままに、視線で国王と王太子を指し示す。
「残念ですが、仕方ありません」
口調も態度も、執事に戻ったテオドールは袖から鞭に似たしなる棒を取り出した。いつも思うのだけれど、暗器使いって……体にたくさんの武器を仕込んでいて、ケガしたりしないのかしら。私なら取り出すときに指先を切ったりしそう。
鞭に似ていると思ったけど、あれは本当に鞭だったわ。よく乗馬で使われるような短いけれどしなやかな革製みたい。一振りすると、ひゅんと痛そうな音が響いた。
「獣の躾は執事の教養に含まれておりませんが、何とかこなして見せましょう」
「俺が先に片付けるから邪魔するなよ!」
リュシアンが張り合う。出番がなかったから、焦ってるの? どうしましょう――明らかに過剰戦力だわ。王太子がこれ以上無駄な抵抗をしなければ、平気よね。
「あやつらを捕らえろ!」
私は扇を膝の上に置いて、手で額を押さえた。馬鹿はどこまで行っても馬鹿だったのね。仕方ないわ。
「片付けて頂戴」
こういうセリフ、悪役っぽくて実は好きなのよね……私。
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