261.初心者なのでお手柔らかに、ね
テオドールと過ごす時間を増やすため、仕事を振り分ける。集めた側近達にそう告知すれば、反応は意外にも同じだった。
「やっと決心がついたのか」
「遅いくらいでしたわね」
リュシアンが乱暴に髪を乱してぼやき、エルフリーデが溜め息を吐く。クリスティーネは肩をすくめ、ふふっと笑うエレオノールがウサ耳をぷるんと揺らした。
「ブリュンヒルト様は奥手なのかしら」
「あらあら、皆様。遅いとはいえ折角の決断ですもの、お祝いしなくてはいけませんわ」
言われるだけ待たせた証拠。彼らは私がこの王宮に落ち着いた二年前から、今か今かと待ち侘びていたらしい。
「私達が不甲斐なく頼りないために、大変お待たせしましたもの。ゆっくりお休みいただけるよう、手を尽くします」
エレオノールがにこにこと辛辣な言葉を吐く。私が結婚を先延ばしにした期間、自分達が未熟で頼れないからだと悩んだとか。それが単に決断出来ず、先延ばししただけだったと知り、口調にほのかな怒りが滲む。
申し訳ないわ。そんなつもりじゃなかったんだけど。
「ごめんなさいね、とても頼りにしているわ」
公的な場で簡単に謝罪はできないが、私的な交友なら構わない。素直に非を認めた。実際のところ、お母様が早く出産しているから、余計に私が遅く感じられるのよね。婚約期間中にお父様がお母様に押し倒されて乗られてしまい、うっかり子が出来た。
あの当時は大騒ぎだったとか。一般的に考えたら、お父様が若いお母様を手篭めにしたように見える事例よ。お祖父様であるバルシュミューデ侯爵も、己の息子を叱り飛ばした。実際はお母様が悪かったの。まだ無理と拒むお父様を襲ったんだもの。
お兄様の出産事情を聞いているので、慎重になった……なんて、ただの言い訳だった。私はテオドールとの関係が壊れるのが、怖かった。今の居心地いい関係が、崩れてしまうのではないかと。
友人なら最高の関係なのに、恋人になった途端、相手の悪い部分が鼻につくようになった。そんな話をいくつか知っている。臆病になってしまったのよ。作った壁に穴を開けたのは、テオドールだった。自分から踏み出すことはしないと、明言した彼は変わらないと確信したの。
「ワイエルシュトラウス侯爵、結婚式前にお腹が大きくなる事態は避けてくださいね」
エレオノールが秘書官として、テオドールと同格の侯爵として言い渡す。侯爵令嬢であるエルフリーデやクリスティーネにはまだ無理だった。釘を刺すピンクのウサ耳秘書官に、執事は僅かに身を屈めて返す。
「もちろんです。すぐに妊娠なさっては、お休みが短くなるではありませんか。働き過ぎのブリュンヒルト殿下には、この際ゆっくりお休みを取っていただきましょう」
背筋がぞくっとした。もしかして寝室から出られない休暇になるんじゃないかしら。青ざめる私に、クリスティーネが両手を合わせた。それを見たエルフリーデも同じ所作をする。
「御愁傷様……は失礼なので、ご無事で」
「ご武運をお祈りしますわ」
日本の記憶がある二人のエールは、私の恐ろしい想像を裏付けるよう。ちらりとテオドールに視線を向け、満面の笑みに表情が引き攣る。
「……お手柔らかに、お願いするわ」
私、そっち方面では初心者なのよ。
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