262.監禁される経験も悪くないわ

 結論から言うなら、8日間の監禁で済んでほっとしたわ。押し倒された初日の記憶はゼロ、4日目くらいからぼんやりと思い出せる。きちんと記憶があって抱き合ったのは、最後の1日だけ。完全に18禁の世界だった。とにかく凄かったの。


 前世でも結婚してないし、性的な接触はほぼないに等しい。キスくらいは経験してたけど、ここまで濃厚だなんて知らなかったの。ぽやぽやしながら寝室から救出された理由は、お母様の呼び出しだった。


「ブリュンヒルト様が壊されてしまったわ」


 嘆くエレオノールが、ぼんやりした私に上着を羽織らせる。呼び出しを伝えられたテオドールが、甲斐甲斐しく面倒を見たので、それなりの姿で立っていた。お風呂に入って香油を塗り込んだ肌に、柔らかなエンパイアラインのドレスを纏う。コルセットや締め付ける下着も不要だった。


 舐められ、撫でられ、吸いつかれた肌は敏感で、絹の感触が嫌になるほど。全身の肌がピリピリしている。髪はゆったりと結び、リボンで誤魔化した。とにかく立っているのが精一杯なのよ。


「女王陛下のお呼び出しでなければ、もう少しゆっくりして頂きたかったんですけど」


 喉が痛い。数回咳き込んで整えた喉で、細い声を絞り出した。


「いえ、もういいわ」


 堪能したと言いかけて、口を噤んだ。間違いなく命取りの一言になる。ちらりと視線を向けた先で、テオドールは色気垂れ流しの眼差しで、表情は緩みっぱなしだった。外へ出したら、歩くわいせつ物よ。


「テオドール、部屋で待ってる?」


「いえ、同行いたします」


 なら表情は引き締めてもらわないと。それと喉が痛いの。また咳をすれば、エレオノールが思い出したように、飴の入った瓶を取り出した。


「リュシアンから預かった喉飴です」


 助かったわ。にっこり笑って、すぐにひとつ口に入れた。ハーブの香りと蜂蜜の甘さが喉に優しい。からころと転がせば、舌舐めずりしそうな隣の男。ぱちんと頬を叩いて表情を引き締めるよう促した。


「承知しました。後で、ですね」


「きゃっ、以心伝心ですね」


 照れるエレオノールには悪いけど、全然伝わってないわ。私は後で、なんて乙女な発言はしない。どちらかと言えば「だらしない顔してるんじゃないわよ」の方だから。それを説明するのに長く話すことを思えば、溜め息が漏れる。


 ふわりとしたドレスの裾を捌いて振り返った。頑張れば上階まで行けるかしら。ドレスの下でぷるぷるする足腰を叱咤する。


「失礼致します」


 テオドールの声の直後、ふわりと抱き上げられた。


「え?」


 軽々と私を抱いて、平然と歩き出す男に、慌てて腕を回した。不安定な姿勢を嫌って、しがみ付く形になった私はぱちくりと瞬きする。


「歩けるわ」


「存じております。ただ私が抱き上げて移動したいだけです」


 そう言われたら、断るのも大人げない。外聞の悪さは自分のせいにして構わない。テオドールの口調は穏やかで、不思議と反発する気持ちは起きなかった。


 返答がないのは了承と同じ。テオドールはすたすたと歩き出す。にっこりと笑顔で見送るエレオノールが「幸せそうで何よりです」と囁いた。昇降魔法陣に乗った後、テオドールの頬を撫でた。


「助かったわ、歩くのが辛いの」


「私のせいですので、責任を取らせていただくのは権利です」


 義務って言ったら、拳で殴るところだったわ。笑いながら告げると、彼は幸せそうに微笑んで触れるだけのキスをくれた。

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