260.待てを解除するのは飼い主の権利だわ

 許可は得た。公表することはないけれど、国の指針として据えられたことは大きい。同時に、権利を認められた私に義務が重くのしかかった。


 跡取り問題は国の根幹に関わる。前世の影響で、まだ産まなくても平気と思ってきたけど、誤魔化しようがなくなった。お母様が私を身籠ったのは18歳の頃、ならば20歳目前の私に焦るのも当然よね。


「テオドール」


「はい、ブリュンヒルト殿下」


「……あなた、私を抱ける?」


「はい、許されるならいつでも抱き締めて、腕の中に閉じ込めておきたいと」


「結婚式を早めましょう」


 ぼんやりとしていた日付を確定する。国内は慶事に盛り上がるでしょう。街は活気づくし、国主となる私の結婚に釣られて多くの民が結婚する。悪い影響は何ひとつなかった。一部の貴族が権力争いを始めるかもしれないけど、側近達が抑えられるレベルだわ。


「結婚式の日取りを決めて頂戴」


「お任せいただけるのですか?」


「ええ」


「それは困ります」


 いつも通り承知したと返ってくる。そう思った返事は予想外だった。驚いて彼の顔をじっくり眺める。


「もしブリュンヒルト殿下がお嫌なら、私はこのままで構いません」


 ああ、なんて面倒くさい男なの。おかしくなって、肩を揺らして笑う。私の口から、あなたの妻になると言わせたいだなんて。いつからこんなに強欲になったのかしら。


 立ち上がって机を回り込み、テオドールの頬に手を滑らせた。私より20センチほど高い身長の男は、大人しく目を閉じて身を任せる。ヒールの高さは7センチ、背伸びすれば届きそうね。テオドールの首に腕を回して、引き寄せた。その勢いを利用して、唇を軽く触れさせる。


 色っぽさはない。技量だってなかった。まるで事故のようなキスに、テオドールの瞳が見開かれる。キスは目を閉じるものよ。そんな言葉を呑み込んだ。瞳と同じ金色の瞳が、きらりと別の色を孕む。


「そうだったわね、待てを解除するのは飼い主でなくちゃ」


 飼い犬が自ら待てを解除してはダメ。私の指示を待つのは正しい選択だわ。褒めて頬を掌で包んだ。


「結婚式は最短でいつ可能になるかしら?」


「ドレスの手配などを含め、半年は必要です」


「分かった。ならば最短で設定しなさい。それから……さすがに結婚式で大きなお腹はまずいから、待ての解除は来月以降ね」


 結婚式当日に身籠った体で参加するのは難しい。他国への外聞の意味でも、体調の方向でも無理だった。せめて外見に影響が出ない時期がいいわ。いきなり妊娠する確率は低いけど、結婚した翌年に生まれるのが理想ね。


 私が平定した大陸を受け継ぐ娘――目の前に立つこの男の血を引く我が子。キスも接触も嫌悪は一切なかった。彼の子なら、きっと美人になるでしょう。


「傾国の美女を産みたいわ」


「ブリュンヒルト殿下が傾国ですので、問題ありませんね」


 自分の整いすぎた顔を棚に上げて煽てる、テオドールの鼻先と頬にまたキスを降らせた。忙しくなるわ。

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