442.私の物語のハッピーエンド(最終話)
ぱちりと瞬きして目覚め、懐かしい記憶を辿る。ああ、あれはヴィンフリーゼが、孫のアンネリースを身籠っていた頃ね。反乱が起きて、すぐに鎮圧した。
あの事件を境に、ひとつの国が地図から消える。ミモザ国――かつて広大な森を支配した獣人の国は衰退し、その事実を頑なに国民に隠し続けた。貴族の愚かさが招いたのは、無知な民の暴走。
我が国に対する反逆よ。隣国ルピナス帝国の宰相エンゲルブレヒト侯爵と、カールお兄様の軍が協力して鎮圧した。何もしなければ、まだ数十年はもったでしょうに。
この時点で、大陸に残った国は四つだけ。シュトルンツ、魔国バルバストル、ルピナス帝国、アルストロメリア聖国だった。ルピナス帝国は併合予定が刻々と迫り、アルストロメリア聖国は予想より早く弱体化したわね。
数十年、うまくすれば百年くらいは安泰だったはず。なのにエルフ達は国を放棄した。災害が続く国内を安定させることより、豊かな他国で暮らすことを選んだの。シュトルンツは、精霊の加護を持つリュシアンとエルフリーデがいたから。
結局、エルフという種族は母のように庇護する存在がいなければ、存続できなかった。我が国に併合されたのは、わずか数年前の話。私がリュシアンを連れ出してから、四十年程だった。
聖国崩壊より早く、ルピナス帝国の皇帝となったエトムントは、わずか十年で改革を成し遂げる。移行体制を整えたあと、国民に大演説を打って、さっさと退陣した。賢い人だったわ。今も転生者の知識を利用して、さまざまな改革を行なっている。
アルストロメリア聖国が地図から名を消した翌年、魔王ユーグ陛下と話をした。優雅に扇を開いて、魔国を切り離さないかと。提案に目を見開いた彼だったが、すぐに納得した。この辺はさすがだわ。魔族という強者を統べる王に相応しい決断力だった。
魔国が大陸から切り離され、私の大陸制覇は終わり。大陸と呼べる土地は、すべて領土として地図に書き込まれる。この時点で、私は己の最期を考え始めた。前世でいう終活ね。
「起きたのですか? 何か召し上がられますか」
「いまは……いいわ」
最近はすっかり食が細ってしまった。怠い体を起こし、テオドールに身支度を整えるよう頼む。彼は顔を歪め、蚊の鳴くような細い声を絞り出した。
「このお体では無理です。お願いですから」
代わりにあなたを使者に立てろ、そう言いたいのでしょう。でもダメよ。大陸制覇の最後の一手だもの。このタイミングを待ち続けたの。ずっと、ずっとよ?
「テオ、私は……ブリュンヒルト・ローゼンミュラーなの」
王家を示すシュトゥッケンシュミットの名は、王位を退いた時に返上した。だから、ローゼンミュラーが家名だ。生まれてからローゼンミュラー王太女として暮らし、女王になってその名を使わなくなり、また戻ってきた。その名に懸けて、最後の仕事をさせて頂戴。
「っ……、少々、お待ちください」
泣きそうな顔をしないのよ。まだ死んだりしないわ。微笑んで、テオドールの頬に手を滑らせる。かつてエルフと張る美貌を誇った男も、今では立派なおじいちゃんね。
用意されたドレスに身を包み、軽くなった扇を手に立ち上がる。やれば出来るものよ。
「……もう、望むことはないわ。だから、明日からはテオだけのヒルトになれる」
「本当、ですか?」
「ええ」
さあ、孫娘の晴れ舞台よ。今夜を乗り切ったら、私はローゼンミュラーの名も捨てる。ただのブリュンヒルトとして、テオドールのためにだけ生きるの。遅過ぎたかしら。
最期の瞬間には、私の死を三年は隠すよう命じた遺書を渡すわ。武田信玄の真似だから、クリスティーネやエルフリーデが笑うでしょう。
それからテオドールの名を呼んで……理想的ね。でも三年の喪が明けるまで追いかけてはダメよ。ぴったり三年待つから、遅れずに来なさい。
これが私の命を懸けて綴った物語のハッピーエンド! 胸を張って、誇り高く気高く、一歩を踏み出すの。
終幕
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本編完結です_( _*´ ꒳ `*)_この後、幕後を十話ほど予定しています。ブリュンヒルトにお付き合い頂き、ありがとうございました!!
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