幕間・幕後

443.(幕間)罰ではなく許しをいただいた

 夫がしでかした話を聞いて、すぐに額を押さえて呻いた。なんてことを口にしたのかしら。妊婦である王太女殿下に対し、その子を産まない方がいい? あり得ないわ。


 バッハシュタイン公爵家に嫁ぎ、跡取りと次の子の間に大きな格差が生じるのは知っています。周囲の扱いはもちろん、使用人達も対応が変わるでしょう。貴族家の、それも大きな家に生まれた者なら誰もが背負い理解すべき状況だった。


 王家なら、貴族よりさらに厳しく求められる。当然よ。でも……王太女殿下はすでに跡取りを設けられた。二人目の年齢が近いという一点をもって、まだ生まれてもいない子の生死を口にするなど。王家の監視役たるバッハシュタイン公爵家であっても、越権行為だわ。


 それ以前に不敬だった。遠回しに、王家の二人目の御子を殺せと言ったも同然だ。私が子を産んだばかりなのに、よくもそんなことを……。ローランドの未来にも関わるし、私も幻滅した。男の方は胎で我が子を育てないから、鈍いのかしら?


 お腹に宿った時点で、もう生まれたも同じ。大切な我が子なのよ。その子の生死を、夫でもない配下の一人が平然と口出しする。切り殺されたって文句言えない状況だわ。


 震える唇で息を吐き出し、そのまま目の前で反省するエドゥアルドに離婚を申し立てたい気分だ。それをぐっと堪えて、もう一度深呼吸した。


「私はローランドと王宮へ参ります」


 戻らなければ、それがあなたの罪への罰ですわ。そう言いかけて、ぐっと飲み込んだ。本気で落ち込んでいる夫に掛ける最期の言葉になるかもしれない。ならば、追い打ちをかけてはいけないわ。堪えて微笑みを浮かべた。


 悲壮感溢れる表情で立つ夫に見送られ、王宮へ向かった。用意は身の回りのものだけ。それ以外は用意すると連絡があった。そのままに受け取れば、客人扱いだ。悪い方へ考えれば、身の回り以上の物が必要になるほど生かして置く時間がない。


 ローゼンミュラー王太女殿下がどちらを選ぶにしろ、私はバッハシュタイン公爵の妻として毅然と応じよう。我が子だけでも助けてもらえるよう、手を尽くそう。そう決めた。実際に王宮へ入れば、豪華な部屋は日当たりがいい。庭も見える一等地で、家具も上品なものばかりだった。


 すぐには会えないと聞いて、持ってきた道具を広げる。刺繍よりこちらの方が得意で、家中に飾っている造花を作り始めた。そういえば王太女殿下は妊婦だから、部屋にお花を飾れないんじゃないかしら。人によるけれど、強い香りに吐き気を催す妊婦は多い。


 ローゼンミュラーの名が示す通り、薔薇を作り始めた。飾っていただくなら、豪華さも必要よね。作り慣れた花を指先から生み出す姿に、王宮の侍女達が目を輝かせた。若い子達には、これも珍しい技術に映るようね。実家では産業になっていたのだけれど。


「作ってみる? 教えるわよ」


 大喜びした侍女数人に教える予定が、あっという間に増えていく。罰というより、褒美になっているわ。監禁されて辛い思いをするどころか、趣味の造花作りを皆で楽しんでいるのだもの。薔薇を王太女殿下に届けていただき、私は沙汰を待った。


「お呼びだてして悪かったわ、公爵夫人」


「どうぞ、マルグリッドと」


 目立ち始めたお腹を抱えた王太女殿下は、美しい薔薇のような女性だった。何度か夜会で挨拶したこともあるのに、いつもより美しく見える。母親になった殿下にお会いするのは、初めてだった。緊張する私に微笑みかけ、優しい気遣いで接する。実家の不祥事も、気にしないと仰る。


「私が許します。この国の女王として立つ、このブリュンヒルト・ローゼンミュラーの許可では、不満かしら」


 いいえ、首を横に振った。これ以上ない赦しですわ。この国はこれから繁栄の一途を辿る。確信して私は未来の女王に首を垂れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る