237.早く結婚しなさい!
翌日のエレオノールは、絶好調だった。この季節は常に目が潤み、鼻を啜る状態なのに。夏以降なら分かるけど、まだ春の花粉症ピーク時だった。
ハンカチで目元を押さえず、垂れる鼻をかむ様子もない。元気いっぱいで書類を捌いた。
「平気なの?」
「はい、リュシアン様のお薬、とても効きますよ」
「副作用はない?」
「今のところは平気ですね」
にこにこと笑顔を振り撒く。その様子に安心した。さすが異世界ね。魔法があるくらいだから、花粉症完治させる薬もあるのかも。
バルシュミューデ侯爵の指導を受けたエレオノールは、書類処理の能力が磨かれている。そこに加えて、元王女の頃に受けた教育水準が高かった。礼儀作法から他国の歴史、様々な国の慣習をきっちり覚えている。どうやら頼りにならない弟の分も、彼女に詰め込んだみたいね。
本当、悪役令嬢のスペックって凄いわ。
「こちらは終わりですね。私の決裁で済みます」
「ありがとう、助かったわ」
凝った肩を自分でほぐしながら、椅子に寄りかかった。昨日まで時間をかけて分類し、処理していたのに半分で済んだ。これだけ薬が効果あるなら、他の人にも試してもらいましょう。運がいいことに私や両親は平気だけど、クリスティーネのお母様も花粉症じゃなかった?
薬を手配するついでに、王宮内の希望者で薬の欲しい人を募集した。もちろん、まだ承認前だから、外部への持ち出しは禁止よ。医者による花粉症の診断書があれば、医局で飲ませる形で許可を出そう。さらさらと書類を仕上げ、リュシアンへ回した。
「お嬢様、女王陛下がお呼びです」
エレオノールがお茶を淹れたタイミングで、テオドールが顔を出す。女王陛下のお呼び出しといえば、またアレかしら。嫌だわ、面倒臭い。顔にでた私に、テオドールは追加した。
「来なければ、王配殿下が泣くそうです」
「分かったわ、行きます」
お父様を餌にするあたり、間違いなくあの件だわ。仕事なら、事前に話の内容を知っていたい。でも個人的な話ならば、溜め息が漏れるだけ。
素直にテオドールと一緒に昇降魔法陣を利用し、並んで上層階へ向かう。女王陛下の執務室の前で、大きく息を吐いた。吸い込むのを確認し、テオドールがノックする。
「ローゼンミュラー王太女殿下をお連れいたしました」
「入りなさい」
空中庭園に呼ばれたら気が楽だったわ。家族としての時間だから、私にも反論できるチャンスがある。しかし執務室は違う。王太女である以上、女王陛下のお言葉は命令に近かった。
覚悟を決めて足を踏み入れる。執務の手を止めて私に座るよう椅子を勧める女王陛下に一礼した。この二年、何度も言われた言葉を待つ。
「ローゼンミュラー王太女、分かっているわね」
「はい」
「私はこの国に尽くし、跡取りを産み育て、今も執務を果たしています。そろそろ終わりにしたいの」
「はい」
他に答えられない。うっかり言葉尻を捉えられるのが怖かった。
「早く結婚しなさい! 何度も言ったけど、今日はいつもと違うわよ。これは女王としての命令です」
うわっ、ついに命令が出てしまった。がくりと肩を落とし、口に出せる言葉はこれだけ。
「……はい」
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