238.廊下で結婚を宣言した

 これが伝家の宝刀ってやつかしら。いえ、違うわね。別に最後の手段じゃないもの。どちらかと言えば、後がない状況よ。


 肩を落として執務室を後にする。部屋の隅で王配殿下が泣いていたけど、私が来れば泣かさないんじゃなかったの? あの涙は、私を気の毒がってるのか。またはやっと結婚を申し付けた安堵か。


 後者のような気がしてきた。靴音を吸収する絨毯の廊下を歩いて、昇降魔法陣で降りる。フロアが変わったことで、大きく息を吐いた。


「聞こえていた?」


「はい」


「どうしたものかしらね」


 これに答えはなかった。分かってるわ、私が選び決断するべき話よ。二年前の夜会で六人いた婚約者候補は、半分まで篩い落とした。残ったのは、文官になりたいシェーンハイト侯爵家三男クラウス。結婚する気がないハイエルフのリュシアン・モーパッサン。そして執事兼専属医師のテオドールだった。


 あの夜会の後、私は魔王ユーグ陛下に連絡を取った。以前の貸しを返してもらうためよ。そうしたら彼、すでにミモザ国で兵力のかさ増し魔法に手を貸したから、チャラだと言い放ったわ。だから笑顔で言い放ってやったの。あなたの大切なリュシアンは私の手にいるのよ、って。悪役は最高ね。


 魔国バルバストルから、子ども達を救った功績への謝意と勲章が送られてきた。かつて執事として子爵になり、専属医師になって伯爵位を得た男は、侯爵まで上り詰めている。予定通りなのに、なぜかしらね。まだ躊躇う私がいた。


 私に相応しい功績を上げさせろと命じられ、その通りにテオドールを陞爵させた。クラウスは好きな女官がおり、元々私と結婚する意思はない。その点で、リュシアンも似たようなものね。寿命の短い人族と結婚して命を分かち合う気はなかった。


 消去法で言っても、別の方面から考えても、テオドールを選んで結婚するべきなのに。ちらりと視線を向ければ、笑顔が向けられる。滅びたヴィンター国の美への執着を結集したような、美しい顔立ち。見惚れる笑みで、私のために命を断つと言い切る男。


 いつの間にか立ち止まっていた。廊下だから侍女や文官が通るのに、私はそんなこと気にならない。伸ばした手でテオドールの頬に触れた。滑らかな手触り、真っ白ではなく上質の象牙のような肌だ。


「テオドール」


「はい」


 ワイエルシュトラウス侯爵となり、実力で上り詰める爵位の最高峰に立った。もし私と結婚すれば、お父様と同じ大公の名を戴くことになる。他国の公爵と同じだけれど、王配だけに与えられる呼び名が大公だった。


 この男と生涯を共にする。抱かれて子を産み、次世代へ繋ぐ。想像しても嫌悪感はなかった。彼が私に触れるのはいつものこと、次世代へ血を繋ぐのは私の役目であり義務だ。後は覚悟を決めるだけ。


 他の男に抱かれて子を産むことを考えると、肌が粟立つ。でもテオドールなら平気。この時点で答えは出ていた。理性では理解している恋心に、理由をつけて先延ばしにしたけれど。


「テオドール、結婚するわよ」


 私は廊下で、執事相手に結婚を宣言した。

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