182.(幕間)与えられた温情
よりによって、シュトルンツ国――失敗すれば、命はない。他国と違い、女王が支配するあの国は恐ろしかった。それでも、このまま飼い殺しにされる未来は選べない。今は若いからいいが、あと5年もしたら美貌が衰える。体に皺が増え、捨てられるだろう。
生きるか死ぬか、ここが瀬戸際だった。選択を間違えば死ぬのは自業自得だが、私の前に選択肢はひとつだけ。今の飼い主に従い、仲間を集める。シュトルンツの足元を崩すしかなかった。
蟻の小さな一穴かもしれない。いずれ大きな堤を壊せるだろうか。明るい未来はないと知りながら、私は動いた。
捕まり、乱暴に引き摺り出される。逃げ込んだ森は、それ自体が罠だった。狩りと称した催しで追い回され、呼応した兄弟姉妹が捕獲される。ああ、そうだった。何を勘違いしていたのだろう。
私達、ヴィンターの血は濁っている。獣扱いなんて今更じゃない。元々、獣同士が番って生まれたのだから。高価だが派手ではないドレスを纏う、シュトルンツの王太女。その斜め後ろにひっそりと立つ美青年……彼は生き残り血を繋ぐ。ならばいいわ。
処刑が告げられ、安心したなんて。あのご立派な王太女様には理解できないでしょうね。やっと……死ねるわ。処刑までの間、私の待遇は文句のつけようがなかった。ハレム時代も含め、人生で最高のもてなしをしてもらった。
美味しい食事、柔らかなベッド。部屋は石造りの牢屋だけれど、衣服もまともな物だった。ハレムを出てから知ったのは、庶民は肌を露わにせず生活している事実。街の女性のワンピースに憧れた。
膝下まで隠すスカート、胸元を強調しないブラウスや襟、袖はふわりと膨らんで。そんな憧れを詰め込んだワンピースが与えられ、すぐに袖を通すのが惜しいと思った。王女じゃなく、平民の娘に生まれたら……何か違っていたのか。
「お嬢様の温情です。処刑まで不自由させぬように、と」
何番目か忘れた義兄弟の顔を見つめる。整った人形に似て、彼は表情を出さない。いえ、王太女様の側では、微笑んでいた。
「ありがとうとお伝えください。可能なら、靴も欲しいの。踵が低くて、街の女性が普段履くような靴よ」
牢に敷かれた絨毯を一瞥し、青年は頷いた。
「用意させましょう」
丁寧な口調は、相手が変わっても同じなのか。それとも、彼の大切なお嬢様である王太女様が命じたからか。客人のような扱いを受けながら、私は日の差し込まぬ牢で最後の幸せな時間を過ごした。
連れ出され、断首台に据えられても、もう心残りはない。不満はすべて消えてしまった。強いて願うなら、私の甘言に惑わされた彼や彼女らが、少しでも優しい主人に出会えるように。人生の最後を穏やかに迎えられるよう。
願いながら目を閉じる。首筋に触れた刃を冷たいと感じる間もなく……世界は終幕を迎えた。
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