139.後顧の憂いを断つのは絶対よ
執事のテオドールには悪いけど、彼の身内は片付けさせてもらうわ。シュトルンツ国内で自由にさせたら、国家転覆の恐れがあるのよ。私が知る、最後の物語に小さく記されていた。
――巨大な武力と勢力を誇る隣国は、足下から崩れ去った。己がかつて滅ぼした小国の元王女によって、脆くも儚く……まるで満開の桜の如く。咲き誇る花は一瞬で散ったのだった。
こんな失礼な文章で、私の母国が終わりにされてしまった。これまた「隣国」で国名が記されなかったけど。だからこそ、強制力を逸らすことが可能だわ。
恋愛小説「あなたを愛していいですか」に出て来た一節を覆してみせる。そのために小国の元王女は処刑されるの。当初は処刑した事実があればいいかと思ったけど、確実に命を奪う方が安全だわ。温情で生かした相手に、うっかり寝首を掻かれかねない。そんなのは御免だった。
孫の相手をしながら、余生を楽しむ予定なんだから。ある朝、孫が起こしに来て「おばあちゃんが動かないの」と言われて騒ぎになり、眠ったまま死んでるなんて最高じゃない。平和な老後を迎えたい私としては、後顧の憂いを断つのが絶対条件だわ。
ただ、ひとつ懸念があるとしたら……シュトルンツが小国ヴィンターを滅ぼしたわけじゃない部分ね。別の国のお話かしら? まあ、私の治世に必要なら、他国の元王族の首くらい捧げるけど。
「何かご心配ですか」
「いいえ。21王女から聞き出す話はないから、処刑まで
民の目に止まる傷を付けるな。命じた内容を理解したテオドールが、残念そうに頷く。私といるときはドMなのに、どうして外部の人にはS属性なのよ。処刑の時に目立つ傷があれば、悪い噂が立つじゃない。そこは理解しているから、彼も頷いたんだと思う。
もしかして……
「何か恨みでもあった?」
「いいえ」
驚いて目を見開く執事に、私の方が驚いた。なんで「意外な質問された」みたいな顔するのよ。
整備された街道を護衛つきで安全に帰城した私は、すぐに執務室へ向かった。数日留守にすれば、書類が積まれている。今回は移動を含めても3日だったので、高さは低かった。
執務机の引き出しを開け、愛用の文具を取り出す。改良した羽ペン、インク壺、印章や文鎮……定位置に並べ終わるのを待って、テオドールから書類が差し出された。
「公共工事の予算申請書です」
「これはお母様へ返して。私じゃないわ」
返却用の箱に入れる。昔は本当に箱を使っていて、効率が悪いからトレイにしたのよ。箱の一角を削るだけで、格段に便利になったわ。
「先日の報告書です」
「肝心の数字に計算ミス多数よ。やり直し」
インクで上部にバツを書く。テオドールがある程度仕分けているが、それでも混じるのよね。今回みたいに二人一緒に出かけると、驚くほど書類の精度が下がった。ごちゃまぜの書類に眉を寄せ、テオドールに仕分けを命じる。
「申し訳ございません」
「いいわ。私が急いだせいね。今日は休むから……テオドールも休みなさい。書類は明日からにするわ」
ひらりと手を振って退室を命じ、私は自室へ移動した。がらんと広い部屋で、窓際の長椅子に倒れるようにして横たわる。記憶があるからずっと走り続けてきた。シュトルンツを救うことは、私の未来を守ること。だから後悔はしない。
少し疲れただけ。目を閉じる言い訳をしながら、私はレースのカーテン越しの日差しを避けるように、顔を手で覆った。
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