94.貸しを返していただいたの
戦後処理は、時間がかかるもの。でも今回は戦う前に終わったので、事務的な処理は少なかった。それに加え、軍事的対応に長けた騎士団の文官を、数十人呼び寄せている。
「文官が随分多いのですね」
エレオノールが驚いた顔でそう指摘した。一晩明けたミモザ国王城の庭で、私は約束通りお茶会を開く。主催は一応エレオノールよ。だって侍女やお菓子の手配なんて、他国でできないもの。
用意されたお茶も茶菓子も、銀の匙でしっかり毒見していく。テオドールは毒見を終えた茶菓子を、そっと私の唇まで運んだ。昨夜、あんなにご褒美をあげたのに、まだ足りないの?
仕方なく口を開いて受け入れた。すごく嬉しそうだけど、ムッとした顔のリュシアンがお茶を差し出す。カップを離さないので、口をつけて一口。羨ましそうなエルフリーデを、笑顔で押し留めた。いい加減になさい、あなた達。
「文官が多い理由は簡単よ。今回の編成は、事後処理優先で決めたの」
エルフリーデが足してくれたお茶を一口飲み、カップを両手で包んだ。本当はお行儀のいい行為ではないけれど、今は許して欲しいわ。言葉の意味を考えるエレオノールに、もう種明かしをしましょうか。
「兵力の話をした時、私がどのくらい要求したか覚えている?」
「500人でした」
ちゃんと覚えているわね。そうよ、500人が本当の兵力なの。1万に見えたのは、魔術のせいよ。先頭に立つ騎士に、ひとつの旗を持たせた。その側が魔術の起点になっているわ。旗を目にしたら、数が20倍に見えるように。
「誰が、そのような……大きな魔術を?」
「バルバストル国の魔王ユーグ陛下よ。ちょっと貸しを返していただいたの」
最初から、兵力は500人。うち、文官が2割近く。魔術で錯覚を引き起こし、1万に見せた。そこから先は、カールお兄様の手腕ね。大軍を率いた経験がものを言うの。1万の軍が動けば、列は長くなり動きも遅くなる。そう装って動いたのは、森を駆け抜けたカールお兄様の指揮だった。
私はそんなこと指示してないもの。遅れてくるとは思ったけれど、もっと早く到着すると予測していたのよ。ちらりと視線を向けた先で、お茶のカップをソーサーに置いたお兄様が、笑顔で砂糖菓子を差し出した。
「ヒルトは説明好きだからな。早く到着して遮ったら、機嫌を損ねてしまう。何より、せっかく嘘をつくなら、本物らしく装う技量も必要だろ」
口調がいつもの家族仕様になってますわ。お兄様、ここはまだ敵国ですのよ。といっても、私達に逆らう手段を失った敵国ですけれど。
「俺の出番が少なすぎた気がする。もっと遊びたかった」
カールお兄様の手から砂糖菓子を口に入れてもらい、私は少し考えた。次の国へはテオドールとリュシアンだけ伴うことにしようかしら。人族の国だから、その方がいいと思うわ。でも今教えると浮かれるから、後で話しましょうか。
「……結局、私が守ってきたものは何だったのでしょうか。お母様とのお約束も果たせませんでした……それに、いえ」
言いかけて口を噤んだエレオノールは、寂しそうに笑った。甘やかし大切に愛した弟の姿に、自分の間違いを理解したのね。なら簡単よ。次はその甘さを排除すればいい。何度でもやり直せるのだから。
「ところで、エレオノールにお願いがあるの」
「何でしょう」
小首を傾げる彼女の頭上で、ピンクのウサ耳が揺れる。その柔らかそうな耳に触らせて欲しい、と。願う言葉は、照れた彼女によって叶えられた。
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