74.断罪は始まったばかりよ
前後の事情は小説で読んだけど、ある意味目の前の状況は興味深いわ。恋愛小説「異世界ならもふもふ堪能しなくちゃね!」が実写化された状態に近いもの。胸糞展開からの視聴が残念だし、ネタバレの結末は変更しちゃう予定だけれど。
役者がもう少し上質なら、このまま堪能したいわ。予言の巫女、キョウコと言ったかしら? 口元が弛んでるわよ。陥れる悪役令嬢側の表情じゃない。大根役者の上に配役まで間違うなんて、この世界の神様は何をしておいでなのかしら。
はぁ、大きく息を吐き出してテオドールを見上げた。私を見る目は優しいのに、舞台の彼らに向ける視線は突き刺す針のよう。このまま息を止めると言い出しかねない。無礼どころか、非礼すぎる状況にシュトルンツの大使が近づいた。
「ローゼンミュラー王太女殿下、この場から引かれるがよろしいかと」
「なぜ? 宴は始まったばかりよ」
私はまだ欲しい者を手に入れていないわ。にっこり笑って切り返せば、流石に外交を任されるだけあり、大使は苦笑いして一歩下がった。声に出さず「ご存分に」と唇を動かす。
「アーベルライン大使殿、この国ではこういった趣向が宴の催しとして好まれるのですか?」
専属執事であるテオドールが私のエスコートを行なっている。この時点で、何らかの特例が適用されたと判断したのだろう。ミモザ国大使を務める切れ者、アーベルライン伯爵は優雅に一礼した。
「私も長年ミモザ国と交渉を行い、夜会に出席しておりますが……ここまでの不作法は初めてですね」
過去にも無礼はあり、今回は王太子の暴走であると遠回しに告げる。その声は張りがあって、周囲に響き渡った。他国の貴賓達も眉を寄せ、緊急時の対応として窓際や扉のある後ろへ下がっていく。これでいいわ。いざという場面でケガを負わせたら大変だし、何より横から王女を奪われても困るの。
「こ、これは失礼した。すぐに下がれ、ジェラルド。予言の巫女の出席は許しておらぬ」
国王がそう口にしたことで、ようやく騎士が動き出す。指示がなければ、勝手に王太子に手をかけることは出来ない。困惑顔だった彼らもようやく職責を全うできる、と安堵の表情を浮かべた。
「お待ちくださいな」
まだこの状況を片付けられては困るの。私がエレオノール王女を手に入れるチャンスが、消えてしまうわ。ぱちんと扇を鳴らして閉じ、私はスリットを揺らして進み出た。
「何、この女」
眉を寄せた巫女の呟きが聞こえた瞬間、隣に魔王が降臨した。本物のユーグじゃなくて、比喩表現の方のテオドールよ。ぞくっと背筋が凍るような殺気が放たれる。
「落ち着いて」
彼にそう声をかけ、私はさらに進んだ。手は届かないけれど、剣の届くぎりぎりの距離。見極めて足を止める。
「申し訳ございません、ローゼンミュラー王太女殿下。私からお詫び申し上げます」
「エレオノール王女殿下、私は一度見逃しましたわ。二度目はないと示したはずです。それにあなたからの謝罪は不要よ」
謝るなら罪を犯した当人がすべきだし、あの巫女は絶対に謝らないでしょうね。
私を軽んじた予言の巫女の呟きから、この場に介入する手がかりを得た。感謝とお礼を込めて、この世界から退場させて差し上げるわ。小説の全内容を読んだから知っている事実があるの。
「彼女は我が国の予言の巫女で、何とぞお目溢しを」
弟と国のために、あんな女を庇う発言をして頭を下げられる。この子なら外交でも宰相でも務められるわね。どうしても欲しいわ、ピンクのウサ耳……出来たら宰相として私の側近に立ち、時々触らせてくれたら。
ああ、いけない。脱線してしまった。気持ちを落ち着けて、私は穏やかに微笑んでみせた。
「予言の巫女? この品性のない獣以下のメスが? ふふっ、私の庭に顔を見せる野良猫の方が、よほど賢いわ」
「何ですってっ!」
「キョウコ、お願いだ。王太女殿下に失礼なことは」
ここでようやくジェラルド王太子が口を開くも、事態は取り返しのつかない方向へ転がっていた。
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