73.私を遮るなんていい度胸ね

 ようやく名を呼ばれ、王太子ジェラルドが入場する。すでに国王夫妻もお見えなのに、随分とゆっくりですこと。何より、婚約者であるエレオノールが広間にいるのよ。誰の手を取る気かしら?


「っ! ジェラルド、なんてことを」


 息をのんだエレオノールの顔は、今にも泣き出しそうだった。きゅっと唇を噛み締め、大切な弟が腕を組む予言の巫女を睨む。ただエスコートしただけなら、婚約者のいない巫女を気遣ったと言い訳も可能だ。けれど腕に胸を押し当てて頬を擦り寄せる巫女の姿は、どう贔屓目に見ても婚約者以上だった。


「最低の男ね」


 エルフリーデが扇を広げながら、呟く声は固かった。きっと自分の婚約破棄と重ねたのでしょうね。愛情はなくとも、まだ生々しい傷が残っているはず。一族の名誉を汚され、冤罪で貶められそうになった。彼女の斜め後ろに立つ兄に目配せを送る。


「エルフリーデ嬢、少し下がった方がよさそうだ」


 肩を抱き、さりげなく視線を遮った。こういう気遣いは立派な王子様なのに……どうして私の言を聞き入れて、筋肉を減らしてくれないのかしら。全部なくせと言ってるわけじゃないの、半分でいいのよ、半分で。


「お嬢様、前に出ますか?」


 カールお兄様と逆に、テオドールは笑みを浮かべたまま尋ねる。声は優しいのに、冷ややかな雰囲気を纏う彼に頷いた。


「そうね、あなたの怒りも分かるわ。ご挨拶させていただかなくては……」


 ご挨拶が、ただの言葉を交わすだけに留まらないと匂わせ、私はテオドールと足を踏み出した。彼が腰に当てて突き出した腕に、私はそっと添える。広がるドレスの裾がテオドールの踝に触れるギリギリの距離だった。


 これが正しいエスコートの距離、もし婚約者ならもう少し近づいて、ドレスが膝下まで埋もれる位置に詰める。ジェラルド王子と巫女のように、べったり張り付くのははしたない行為とされた。これは多少の差はあれど、公式のマナーである。夫婦であっても、人前では許されない。


 ましてや、私は今夜の宴の主賓よ。ホスト国の跡取りが、国王夫妻や私より遅れてくるなんて非礼過ぎるわ。見下していると声高に宣言したのと同じ。他国の賓客を招いた場で、これは王太子の資質なしと宣言したも同然だった。エレオノールが嘆くのも当然ね。国王夫妻も心なし顔色が悪いもの。


「ジェ「私はこの場で、姉エレオノール王女との婚約を破棄する。予言の巫女キョウコに対する罪を告発したい」


 私の呼びかけを遮る形で、ジェラルド王子が声を張り上げた。もう王太子失格ね。王太子を冠する人徳も価値もないわ。


 呆れ顔で扇を口元へ翳した私の隣で、テオドールが足を止める。同時に立ち止まった私達は、最高の観覧位置だった。愚かな王子の自滅劇を観覧に来た気分なの。大根役者が多いけど、最後まで楽しませていただきましょう。


「何を言い出すの!? 話は後で聞きます。彼らを外へ連れ出して」


 騎士に命じるエレオノール王女の対応は正しい。私達以外にも参加した各国の大使は、興味津々で成り行きを見守っていた。迂闊な発言を拾われたら、王太子であるジェラルドの失態。愛する婚約者であり弟でもあるジェラルドを守ろうとする王女の涙ぐましい努力を、予言の巫女が台無しにした。


「私を虐めたこと、ジェラルドを裏切ったこと。この場で詫びてください。そうしたら私は許します」


 ……下手くそ。聖女系のラノベでも読んでたのかしら。どこかで聞いたようなセリフを吐いた巫女の顔は、ひどく醜悪に感じられた。

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