72.でも絶対に出てくるわ
質実剛健って、こういう時にも使える言葉かしら。本来は人に対して使うことが多いけれど、大広間の最初の印象がこれだった。飾りっ気が少なく、実用性重視の照明器具が壁や天井に並ぶ。アリッサム国なんて、キンキラキンだったのに。
王宮や貴族の屋敷は、見せることを前提に作られる。だけど、獣人にそういった意識はないのね。実用性があり、丈夫で長持ちするもの。前世の無印に似たシンプルさが、元庶民として懐かしいわ。
名を読み上げられて入室する私の後ろを、お兄様とエルフリーデが続いた。リュシアンは気が向いたら顔を出すと言ってたけど、ハーブの配合に夢中で忘れられそう。実際、それでいいのよ。今回彼の出番があるとすれば、かなり後半だから。
「先日は失礼いたしました、ローゼンミュラー王太女殿下」
用意された王族席から降りて挨拶するエレオノールに、穏やかに会釈を返す。彼女は二日間、毎日顔を合わせた。私が使う客間で、リュシアンのハーブティーを飲みながら親交を深めたの。公式の場でなければ、名前を呼び合う仲になれたわ。
「エレオノール王女殿下、歓待に御礼申し上げますわ」
「ささやかですが、お楽しみください」
交わした言葉の通り、今日はシュトルンツ国の王太女の表敬訪問へのお礼だ。立場が上の私が、こうして足を伸ばして出向いた。そのことに感謝する宴だった。ぐるりと周囲を見回せば、様々な種類の獣人達が着飾ってさざめく。
我が国の大使も混じり、ひとつの輪を作っていた。彼には工作を命じてある。と言っても、陥れる類の話ではない。国境付近で起きた越境問題を収めた協定の内容、何より獣人による要人誘拐事件の顛末を広めさせた。
要人の名は伏せられる。だが、察しのいい者はちらちらと視線を向けた。王太女、王子、両方が同時に他国にいるなど……通常はあり得ない。それが理由で、カールお兄様と一緒に外交を行ったことはなかった。
良い方向へ受け取れば、ミモザ国と親交を深める意味になる。しかし心当たりのある者は怯えているはず。二人同時に乗り込んだなら、相応の代償を求められるのではないか? 王子が指揮を執り、攻め込む軍勢が押し寄せているかも知れない。
疑心暗鬼に囚われる貴族も多い広間で、私はエルフリーデを手招きした。今日の彼女は青いドレスに真珠飾りだった。もしかして、揃えて用意されたのかしら。いつものスリット入りスカートは、ふんわりと大きく広がりベルラインと呼ばれる形を作る。前後左右同じように膨らませるため、針金のスカートを下に着用する必要があった。
「歩きづらいでしょ」
「そうでもございません。実は針金ではなく、精霊魔法で膨らませましたの」
精霊魔法を長時間持続する訓練のひとつだとか。あらあら、さすがは悪役令嬢。ポテンシャルが半端じゃないわ。簡単そうに難しいことを成した彼女は、私と同じ部分が気になったらしい。
「まだ、姿が見えませんね」
「でも絶対に出てくるわ。だって、他国の賓客を招いた宴で起きたんですもの」
時期も条件もぴったり。その上、先日のお茶会への巫女乱入から判断して、そろそろ事件が起きる頃よ。
恋愛小説「異世界ならもふもふ堪能しなくちゃね!」で、断罪シーンは物語の中間に出てくる。一般的に断罪シーンから始まる小説が多い中、予言の巫女が空から舞い降りるシーンが冒頭に置かれた珍しい構成だった。ならば、すでに物語も半分過ぎたところ……わくわくしながら扇を広げた。
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