223.案外お似合いかも知れないわ
扇を開いてひらりと風を送り、私はゆっくりと近づいた。頭を下げて動かないローヴァイン男爵の前でぴたりと足を止める。ドレスの裾が見える距離で、彼はまだ頭を上げなかった。
「いいでしょう、私も貴族派が憎いわけではありません。ただ……犯罪や侮辱は見逃せなかった。そこはご理解いただけるかしら」
「シュトルンツが誇る美姫への侮辱は、我々への侮辱。王太女殿下のご配慮とご慈悲に、ただ平伏して感謝するばかりでございます」
「よかったわ。貴族派の皆様もそれでよろしくて?」
話を大きくして振り撒けば、あちこちから静かな承諾の礼が返った。王家転覆を謀ったグーテンベルク侯爵家は子爵まで降爵が妥当ね。犯罪者となったハーゲンドルフ伯爵家は難しいわ。嫡子や次男の捜査が終わって、残せるようなら男爵として名を継がせる。
裁判で裁かれるのは、ハーゲンドルフ伯爵や三男ニクラス自身の罪よ。家が関係ないとは言わない。でも恥を晒して家を残させるのも、ひとつの贖罪になるの。もし伯爵家を断絶させれば、犯罪を知らなかった親族から恨みを向けられるわ。
王家に対して新たな火種を後世に残してしまう。だけど、形ばかりでも家が残れば……人は不思議なことに全力で守ろうとするの。これ以上奪われないように、大人しく息を潜めてやり過ごそうと試みるわ。だから家を取り潰すのは悪手だった。
それに、被害者への弁済もあるし。家を残しておけば、被害に遭った女性達への救済資金を搾り取れるわ。断絶して犯罪奴隷にして売ったところで、大した金額にならないもの。それなら、貴族として存続させて利用した方が価値が高い。
「では、この話は一度終わりにしましょう」
この場で、貴族派が余計な発言をする可能性は消えた。ニクラスは犯罪者として脱落し、ヨルダンはカールお兄様に肩を叩かれている。本人の真面目な性格からして、私の夫になろうと画策はしないでしょう。
「ヨルダンはカールお兄様に任せましょう」
「護衛騎士にいいかもしれませんね」
見た目の筋肉はすごいから、敵への威圧効果はあるかも。これで貴族派の二人は片付いた。周囲が納得する形で脱落したのが大きいわ。誰も文句のつけようがない。
残るは4人だけど、キルヒナー公爵は理由をつけて、跡取り息子を回収するでしょう。ハインリッヒは器用貧乏タイプで便利そうだけど、諦めるしかないわね。代わりにローヴァイン男爵を手に入れたことだし。
「ローヴァイン男爵、本日はご苦労でした」
遠回しに「明日以降連絡する」と伝えた。ご苦労と労う言葉に重ねた意味を、彼はしっかり受け止めて頭を下げる。恭しい所作に嫌味は感じられず、処世術に長けた男が下がるのを見送った。数歩下がってから頭をあげて向きを変える。
「いい男ですね」
「クリスティーネの父親に近い年齢よ」
「いい男なら年齢差は関係ありませんわ」
クリスティーネは笑顔でそう言い放った。リュシアンは「悪い感じはしないな」と冷静に判断する。エレオノールはコメントを避け、目を見開いたエルフリーデが「本当に?」と驚きを露わにした。
「あなた達、まだ終わってないわよ」
引き締めるために厳しい声を出したけど、精神年齢が高いクリスティーネとお似合いかも知れないわね。
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