394.変化が良い方へ働くとは限らない
ヴィンフリーゼの時は、二週間が長かったわ。夜中に授乳で起きるのも辛かったし、一日中赤子の泣き声が聞こえる気がした。でもフリードリヒは楽ね。いえ、そう感じるだけ。
実際は夜中に起こされる頻度は同じくらいで、授乳中にうっかり寝たくらいよ。結局のところ、一度通った道を近く感じる……あの錯覚だと思うわ。知っているルートだから、簡単に感じるのね。
フリードリヒと過ごす二週間はあっという間に過ぎて、私は三日間の休暇を得た。乳母に我が子を預け、毎日顔を見るけれど授乳はしない。マッサージと称してケアを始めた夫の喜びように、ちょっと顔が引き攣ったけれど。
「休暇はゆっくり出来ましたか?」
執務室へ足を踏み入れれば、エレオノールが挨拶を飛ばして尋ねる。じっくり私の顔色を確認し、ほっとした様子で肩の力を抜いた。
「おはようございます。ブリュンヒルト様、急ぎの書類はこちらです」
「ありがとう、エレオノール。仕分け助かるわ」
つい数日前まで授乳していたので、胸が重い。というか、張って痛いわ。あまり締め付けない服を選んだけれど、巨乳の人の「肩が凝る」を実感した。羨ましいけど、いつもくらいの大きさがいいのかしら。
許可の申請が六件、報告書が三件、嘆願や陳情が二件。思ったより少なくて良かった。早めに仕事を切り上げ、休憩を取った。いつもなら平気な量なのに、半月離れるとしんどいわ。体が本調子ではないのも影響が大きかった。
「出産後の育児休暇を本格的に導入しましょう」
「予算と影響の試算はこちらです」
打てば響く。まさに秘書官として最高の仕事ぶりだわ。エレオノールを褒めながら、さっと目を通した。今後、エルフリーデが出産したら、私以上に大変なはずよ。騎士で体を動かす仕事だもの。文官だって書類を運んだりと楽じゃない。今のうちに制度を整えなくちゃね。
戴冠式は建国記念祭と合わせて行うことが決まった。具体的に日時が確定したことで、各部署が動き出す。祭事に関する方法や手順は、代々残されてきた。その資料を元に、話は進んでいく。
「フリードリヒの発表も一緒に出来ないかしら」
「慣習から考えると一年早いですね」
この世界はどうしても中世のイメージを引きずっている。幼子の生存確率は低く、王族といえど安心はできなかった。基本は一年を超えてから、ようやく生まれたお披露目をする。
「ヴィンフリーゼも早く行ったじゃない?」
「ブリュンヒルト様の結婚式と同時だったからです。王子殿下は慣習通りがよろしいかと」
何やら含みのある言い方ね。どこかの部署か貴族が何か言ってきたみたい。にっこり笑って、エレオノールを手招きした。抵抗せずにあっさり白状された名前に、私は白旗を上げた。
「お母様が仰るなら仕方ないわ。フリードリヒのお披露目は来年に持ち越しましょう」
王家の慣習は積み重ねられた理由があった。すべて変えてしまえば、前例となって慣習が歪む。そう言われたら、後の世代のために手を引くのも私の役目よ。郷にいれば郷に従え――そういうことね。
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