302.招かれざる客ではないけれど歓迎しない

 シュトルンツの夜会は自由で、入場も退場も己の判断で可能だ。そのため女王が現れる前でも乾杯し、女王がまだ広間にいても帰る貴族が出る。それを咎める法律はなかった。


 だが、公式行事だけは他国が絡むため、様々な作法が定められている。そのひとつが、上位者から順番に挨拶をする習慣だった。まず他国の王族や貴族、外交官、国外が落ち着くと国内の公爵から順番に祝いの言葉を持ち込む。子爵や男爵になると数人で纏まり、お祝いを一言述べて頭を下げるだけだった。


 他国からの賓客と長く言葉を交わし、国内の高位貴族とゆっくり談笑する。そのため祝い事の場では、女王や主賓は長く広間に留まる事が多かった。さざめく貴族の間を抜けて、側近達が私の傍に集う。女王陛下の治世を支えたお祖父様達も、同じようにお母様の近くに集まっていた。


 王族同士の場合、国の大きさで挨拶の順番が決まる。私は今回、この慣習を変更させた。今後の付き合いを重要視する国から、挨拶を受ける。分かりやすく贔屓することで、我が国の利益を図るのが目的よ。


 ルピナス帝国の次期皇帝夫妻は、和やかに挨拶して下がった。やはりアンジェラは、ヴェールで猫耳を隠している。骨折したことになっている右足を固め、ぎこちなく挨拶するエトムントは意味ありげに笑った。


「後ほど、ローゼンミュラー王太女殿下から賜った温情へ、ささやかなお返しをしたく……」


「まあ、義理堅いのね。とても楽しみだわ」


 笑顔で交わされる言葉は、私達の仲の良さを強調した。いいわ、利用されてあげるから、楽しませて頂戴ね。含ませた意味に、エトムントは深く一礼して応じた。


 骨折して間、何をしていたのか。情報は掴んでいるけれど、成果をきちんと見せてもらいたいわ。


 続いてミモザ国の使者が進み出た。視線は元王女であるエレオノールへ向かう。が、すぐに私へ戻した。何を持ち込んでくれたのかしら。穏やかに挨拶を終えた。この場で騒ぎを起こすほど愚かではないらしい。ここでシュトルンツを敵に回せば、今度こそ獣人壊滅の可能性があるもの。


 魔王ユーグの助けがあったけれど、シュトルンツの軍を相手に戦わず引いたのは事実だわ。逆らわない方がいいと考える程度の頭はあるみたい。


 ようやくアルストロメリア聖国の名が呼ばれる。ハイエルフのみ家名を持つが、正確には個人の苗字だ。一族として受け継ぐ名ではなかった。長老は以前に見た姿より老けている。精霊達にそっぽ向かれた状態での国主は、荷が重いのだろう。


 次の長老候補なのか、若い青年が二人随行している。金髪の青年と、リュシアンに面差しの似た銀髪の青年だった。リュシアンに兄弟がいる設定はないはず。親族かしらね。


「ローゼンミュラー王太女殿下のご成婚、並びに若き姫君の誕生にお祝いを申し上げます」


 国を代表してきた以上、国力差が数倍のシュトルンツに喧嘩を売ることは出来ない。ハイエルフとして精霊魔法が使い放題だった頃なら、それでも弓引いた。ただ、現時点で精霊を味方につけているのは、こちらの方だ。リュシアンだけでなく、精霊の剣の乙女エルフリーデもいるのだから。彼らに勝ち目はなかった。


「こちらは祝いの品にございます。その上で、不躾ながらお願いがひとつ……」


 祝いの品を渡すから、リュシアンを寄越せ? いえ、そこまでは要求できない。ならば、彼と話をさせて欲しい? どちらにしろ、祝いの品ひとつで随分大きく出たこと。私は微笑んだまま、口を開かなかった。

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