301.戦いの火蓋は切って落とされた
お披露目は色の強いドレスと決めていたの。だって、結婚式で白は着たから、どうせなら印象付けやすい派手な色を纏う。これも印象操作のひとつよ。私の存在と逆らうことの無謀さを、来賓に植え付けるチャンスだった。
真っ赤なドレスの上へ、コートのように濃紫の上着を羽織る。裾まで長い薄手の上着は、前ボタンのワンピースに似ていた。腰まできっちり留めて、スカートの膨らみに合わせて広がるよう調整している。お披露目は夜会の時間帯であるため、玉座の脇で挨拶を受けるのが半分。残りは移動が可能だ。
今回は可愛いヴィンフリーゼのお披露目を兼ねているので、ベビーベッドごと持ち込んだ。お揃いの赤いドレスを纏うヴィンフリーゼは、レースではなくフリル中心の飾り付けだ。間違って口に入れないよう、飾りも大きめに作らせた。
ほとんど寝ている時期だから関係ないけど、安全の確保は必要よ。専属の乳母が同行し、ベビーベッドの脇に待機する。他に侍女も数人配置した。彼女らは壁際の目立たない位置に立つ。
「では入場を」
促されて隣に立つテオドールと腕を絡めた。スカートに踏み込む近距離は、夫婦や婚約者にのみ許される。黒に近い紫の正装を纏うテオドールと、上着の色を合わせていた。彼の胸元には、赤い薔薇と柔らかなクリーム色のハンカチを。それから襟に特殊な刺繍を入れさせた。
長い肩書きを読み上げる声を聞きながら、音楽に合わせて一歩ずつ進む。お披露目の主役は私とヴィンフリーゼなので、視線を集めて悠々と歩いた。スリットのように刺繍の飾りが入る上着の裾が揺れるたび、赤いドレスが覗く。見回す限り、真っ赤なドレスは私だけみたいね。
招待された側も、国内から参加の外交官や役職付きの貴族も、この場に赤を着てくる度胸はない。主役より目立つのは御法度だもの。無難な色を選ぶわよね。私の側近達は全員、後から入場するよう手配した。
主役の私がいない場所で、勝手に側近と来賓が盛り上がったら、楽しくないわ。やるなら私の前で、堂々と渡り合って欲しいの。
玉座で待つ女王陛下へ挨拶と口上を述べる。しんと静まり返った広間に、私の声だけが滔々と響いた。労いと応援の言葉を受けて、ようやく頭を上げる。淑女の礼は腰に悪いわ。将来的に改革したいわね。
視線を右側へ流せば、側近達が扉の脇に並んでいた。ふふっ、挨拶に間に合わせたのかしら。遅れてきていいと言ったのに。
エレオノールは感激した様子で口元を両手で覆う。エルフリーデは扇を広げたが、顔を隠すことはしなかった。微笑みを浮かべたクリスティーネは小さく手を叩く仕草をし、リュシアンは会場内の一角を睨んだまま。
身を起こした私は王族席へ移動する。テオドールも用意された椅子に腰掛けた。結婚した以上、彼も王族の一員だから当然ね。見渡せる広間の端に、麗しい外見の一族が立っている。彼らの視線はリュシアンへ向かった。
素敵ね、相思相愛じゃない? 来賓用に用意された長椅子に座ったエトムント達は、まだ動きそうにない。先にハイエルフを観劇するとしましょうか。
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