300.どちらの猫も画策に忙しい
やっとリュシアンの憂いを晴らせるわ。結婚のお披露目と我が子のお披露目を明日に控え、私は彼を執務室へ呼び出した。
最近は図書室に入り浸って、あまり顔を見ていない。寝不足なのだと言いながらも、彼の目の下に隈はなかった。羨ましいわ。ハイエルフってそんな部分も人と違うのね。
「アイツら、来た?」
「知っているのに尋ねるの?」
どうせ精霊達が知らせたでしょう。そう告げれば、彼は言葉で答えず肩を竦めた。精霊はハイエルフの裏切りに憤った。現在力を貸す相手は、お気に入りのリュシアンと精霊の剣の主人であるエルフリーデのみ。たまに気が向けば、私にも応じてくれる程度ね。
精霊が私に力を貸す理由は、リュシアンが安心して過ごせる場所を提供しているから。その意味でも彼を匿う価値はあるわ。もちろん彼自身の能力や才能も活用するけれど、緊急時に精霊魔法が使えれば私の生存率が上がるもの。
「ああ、長老とあと二人か。何か嗅ぎ回ってるようだけど……」
俺を引き渡したりしないよな? 試すように彼は言葉を切る。リュシアンの中で、私ってそんな印象なのね。興味深く思いながら、肘を突いて小首を傾げた。
「このフロアは私の管理下にあるわ。一切の情報の持ち出しを禁じている。誰が何をして、何を話し、誰が訪ねてきたのか……全てよ」
命令違反をしそうな侍従は、先日別件でクビになった。嫡子以外の貴族が得られる最高の職を、目先の小金で売り払った愚か者よ。廊下で麻薬を焚いた際、男爵を通した罪で紹介状なしの解雇となった。それ以外にも罰は与えたけれどね。
「前の奴みたいに鼻と指がなくなるぞ、って脅しが効いてるのかな」
精霊の報告で知ってるぞと告げるリュシアンに、私は目を見開いた。斜め後ろに控える男の名を呼ぶ。
「テオドール、私は指を落とせと命じたのよ」
「遂行した際に抵抗され、已むなく振るった剣先が鼻を掠めました。報告書に記載しております」
見落としたわ。というか、気づかれないよう端にそっと記載したわね? 報告したと言われた以上、違えようのない事実なのでしょう。見逃した私のミスもあるから、咎めづらかった。溜め息を吐いて、追求を諦める。
「というわけなの」
「ふーん、いいんじゃないか。鼻がない方が美人だったぞ」
リュシアンの美人の概念は当てにならない。彼にとってハイエルフは美人ではないのだ。実際種族が人ではないので、間違ってないけど。美醜の基準が崩れていた。実害はないから放置しましょう。うっかり指摘すると長くなるわ。
「情報漏洩の心配は要らないわ。私が管理するフロアにいれば、顔を合わせる心配はないの。ただ……明日は別よ」
絶対に顔を合わせることになる。次期女王の側近として、全員が揃う場で、リュシアンを欠席させる気はなかった。どうしても嫌なら考えるけど。
「そうだな。逆に誘い出して失態を演じてもらうのはどうだ? 俺としては二度と関わりたくなくなる程度に、叩きのめしておきたい」
「ならば案を考えてらっしゃい。協力するわよ」
「任せろ」
勢い込んで出て行ったリュシアンはすぐに戻ってきて、忘れた本を小脇に抱えて照れ笑いした。惚れてない男でも、ここまで顔がいいと強烈ね。私の方が照れるじゃないの。
高価な洋猫リュシアンがうきうきと出ていき、先日お見舞いした子猫の夫を思い浮かべた。骨折したことを公的に認めたので、動きやすいでしょうね。今頃何をしているのかしら。
こら、リュシアンを始末しようとしないで。私は犬だけで手一杯よ、テオドール。猫は鑑賞する対象なの。余計な心配していないで、さっき話した報告書を運んで来なさい。細部まで確認します、いいわね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます