299.後でお見舞いに伺うわね

 猫好きのエトムントは、ルピナス帝国リッター公爵家の次男だ。動物の世話にかまけて引きこもっていたが、社交はお手のものだった。


 高位貴族特有の整った外見、実家の権力と財力に裏付けられた穏やかな物言い、圧倒的な知識の差。それらは公爵家の名を背負うに相応しい、高レベルを誇った。


「何か策があるんですって」


 くすくす笑うアンジェラは、出会った当初より明るくなった。街中デートは大成功で、猫耳を晒しても誰も注目しないシュトルンツが気に入ったらしい。まあ、次期宰相がウサ耳だし……王宮内は獣人も数多く勤めていた。それも新鮮なのだとか。


 アンジェラにお茶を勧め、私も口をつける。香りの強いハーブティーは避け、薄めに紅茶を淹れさせた。獣人は味覚も敏感なので、全体に薄味が好まれるとエレオノールに聞いている。


「ふふっ、アンジェラのための策よね」


「あら……そうなのかしら? なんでもお披露目の時に役立つとか」


 彼らしい守り方だわ。少し不器用で、でも誠実なの。夫選びは大成功だったみたい。


「そういえば、アンジェラ達は結婚式をしていないのよね」


「ええ。お父様の戴冠式が終わってからにする予定です」


「招待して頂戴ね」


「はい」


 我が国は戴冠式と同時に、権力が移る。だがルピナス帝国は独自の文化があった。物語の中で都合よく利用された設定よ。


 皇帝は二年の実務を経て、貴族院の承認を得ることで戴冠式を行う。実は男爵令嬢のレオナの王子妃期間を稼ぐための工作だった。おそらく作者が男爵令嬢が身に付ける知識や礼儀作法を知らず、後で読者に指摘されたんだと思うわ。突然王子妃教育の表現が出てきた。


 といっても、取ってつけた設定なので、数ページで終わったけどね。物語では「二年後、戴冠式と合わせて結婚式が執り行われた」と書かれていた。ヒロインのレオナは退場したけど、設定だけ残ったのだと思うわ。


 頷きながら、アンジェラの頬が緩むのを見守る。しっかり冷まして、恐る恐るお茶のカップに口をつける姿が、何とも可愛い。蜂蜜を溶かすよう命じたから、最初から甘いの。甘党なのは、調査済みよ。


「美味しい」


「よかったわ。後で、エトムント殿の『お見舞い』に伺うわね」


「えっと……はい」


 要らないですって言いかけたでしょう? ダメよ、ちゃんと彼の意図を理解しなくちゃ。招待した我が国で賓客がケガをした。となれば、王太女である私のお見舞いは必須なの。


 その上で、私が「彼は骨折してるわ」と認めることが大事よ。お披露目で猫耳を隠すヴェールは許可しているけど、彼は別の策を考えた。猫好きの彼が弄する策なら、ぜひ私も協力させてもらいましょう。


 だって、楽しそうだもの。


「ブリュンヒルト殿下、悪いお顔をなさっておいでです」


「好きでしょう? だったら文句言わないの」


 クリスティーネがくすくすと笑う。暖かな気候を知らせるように、また風が吹いた。解いた髪を押さえるアンジェラが、ちらりと私の髪型を見て呟く。


「結んでおけばよかったわ」


「旦那様にブラッシングをお願いしてみたら? きっと喜ぶわ」


 真っ赤な顔で照れる様子に、どうやらブラッシングはとっくに行われたらしいと察した。それも念入りに、じゃないかしら。微笑ましく思いながら、そ知らぬフリで薄いお茶を飲み干した。

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