298.アンジェラ王女とお茶会を
執務をこなす私の元へ、来賓のリストが届き始めたのは、十日ほど過ぎてからだった。アリッサム王国を除く、すべての国に連絡が届いたはず。参加を表明したのは属国の九割、ルピナス帝国、ミモザ国、アルストロメリア聖国だった。魔国バルバストルは参加を保留している。
結婚式なら参列と表現するのかも知れないけれど、今回はお披露目のみ。儀式は何一つなかった。生まれたヴィンフリーゼのお披露目も、同じ。難しい儀式がないので、気軽に参加して欲しいわ。
もちろん、一部の参加者に関しては、暴走して馬脚を露してくれるのを楽しみにしている。どことは言わないけれど、顔のいい異種族の人達とか、ね。
「ブリュンヒルト様、お茶会のお時間ですわ」
迎えにきたクリスティーネに頷き、手元の書類に署名した。押印は不要の書類なので、処理済みの箱へ入れる。ここで一段落ね。ひとつ息を吐いて立ち上がった。斜め後ろで書類の整理をしていたテオドールが、当たり前のように手を差し伸べる。
「ありがとう」
素直にエスコートを受けて、案内するクリスティーネに続いた。一瞬、テオドールを見る彼女の目が「羨ましい」と訴える。ローヴァイン男爵をまだ落とせていないようね。
「彼はどう?」
「絶対に落とします」
決意を秘めた声に「応援しているわ」と返しておいた。実際、何か要請されたら協力するつもりよ。私としては、将来の手駒にローヴァイン男爵が欲しいの。彼がクリスティーネの夫になれば、とても都合がいい。
「ブリュンヒルト殿下、髪飾りをこちらに交換いたしましょう」
テオドールは手際よく、ハーフアップの私の髪を後ろでくるりと纏めた。庭へ続く扉を開けば、やや暖かな風が後毛を揺らす。まとめて正解ね。
お茶会の予定をしているのは、王宮の中段にある中庭だ。上階にあるお母様の空中庭園ほどではないが、景色がいい。空中庭園は見晴らし重視で芝生だが、この中庭はさまざまな花が咲き乱れていた。
噴水もあり、この水は王宮のある山肌の山頂から濾過され、湧き出した美しい雪解け水である。一年を通して冷たく透き通った水が楽しめた。その水に手を浸す淑女が一人。
「お待たせしたかしら、アンジェラ王女殿下」
「いいえ。景色が素晴らしいので早めに散策させていただきました。ブリュンヒルト王太女殿下にご挨拶申し上げます」
「ありがとう。気軽にブリュンヒルトと呼んで頂戴」
「では、私もアンジェラと」
互いを名前で呼び合う約束を交わし、中庭に用意されたテーブルに落ち着く。見た目重視のパラソルではなく、四阿のようなテントが張られていた。四角いテントは支えが多い分、強風に耐える。何より、日陰を作る面積が大きかった。
パラソルはお洒落だけれど、使うなら曇りの日だけね。テントは晴天でも雨天でも対応可能で、私が愛用するので刺繍入りのお洒落なテントが作られた。絹のカーテンを下ろすことで、個室のように使うことも可能よ。
「エトムント殿はご一緒ではないの?」
「実は……昨日、彼ったらお風呂で転んだんです」
「あら」
報告を受けていないわ。眉を寄せた私に、テオドールが一礼した。どうやら事情がありそうね。
「骨折したので置いてきました」
目を見開く私に、アンジェラはくすくす笑いながら種明かしを始めた。
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