409.残す手記より制覇の夢を
この世界の歴史書は薄っぺらい内容ばかり。けれど、前世で世界史から日本史まで学んだ私は、知識量が豊富だった。これに関しては、転生組のエルフリーデやクリスティーネも同じね。
さらに娯楽が豊富だったおかげで、さまざまな物語を読み漁ってきた。周辺国が物語の中心国だと気づいたのも、前世で楽しんだゲームや小説のお陰だもの。読んでおいてよかったわ。先手が打てて、有能な側近を揃えることが出来た。
現時点で、私の知る物語はすべて終わっている。残っているお話はないけれど、これだけ複数の物語が存在する世界なら、新しい物語が適用される可能性があった。その危険性を残しておきたいわ。私が身罷った瞬間、どこかの物語に登場して滅ぼされたくないもの。
大陸制覇が完全に成し遂げられるまで、あと何年かかるかしら。記録をとっていた手を止める。各国の物語を思い出せる範囲で、すべて手記に残す私はまだ書き終えていなかった。
忙しい執務の合間を縫って、子ども達と交流の時間をとり、寂しがりやの夫を構い……隙間から絞り出したわずかな時間を利用している。書き終える頃には、老婆になっていそう。それでも書く手を止める理由はなかった。
一度止めた手を再び動かしながら、今日のリュシアンの最終報告を思い出す。お兄様を送ると言ったら、嫌がると予想していたのよ。以前からお兄様の熱血ぶりが合わないとぼやいていたから。なのに今回は、大喜びで受け入れると返信があったわ。
どんな心境の変化? もしかしたら面倒な役人でもいたのかも。どちらにしろ王弟で公爵のお兄様が出向けば、誰も逆らえないでしょう。
シントラーの叛逆は、いい見せしめになったわね。これでリッシリアの周辺はしばらく静かなはずよ。お母様やお祖母様の治世でも行われたけれど、叛逆者は派手に殺す。その家族はどこまでも追い詰める。だからこそ、良識ある人は踏みとどまるの。
家族を犠牲にしても、失敗したら殺されるとしても。それでも動くなら相応の理由があるわ。時代劇で見かける悪代官に苦しむ領民のように、納得できる理由があれば受け入れる。改善するし、税の一時的な優遇を提示したこともあった。
でもね、今回の侯爵……ああ、元侯爵だったわね。彼のように家族を犠牲にしても平気で、己の欲のために突っ走る男は、しっかり罰を受けてもらうわ。幸いにして、元王女は彼の子を産んでいなかった。
護衛騎士に惚れていたと報告があったわ。特に問題なさそうだし、再婚の申請があれば認めるつもりよ。厳しくして民が震え上がった後は、甘い幸せをお裾分けするの。飴と鞭って言うけれど、この世界だと愛と死って表現するのよね。
目が疲れたので、ぱたんと手記を閉じた。ペンとインクを片付け、執務室を出る。すでに夕食を終えて子どもを寝かしつけた夫が、部屋で待っていた。
「終わりましたか?」
「今日は終わり。疲れちゃったわ」
甘やかしなさい。その合図を間違えずに受け、テオドールは両手を広げる。そこへ飛び込むのが日課になるなんて、十年前の私は想像もしなかったでしょうね。
ほぼすべての地域を併合したけれど、まだ内部が燻っている。その熱が失われるまで、あと十年? いえ、もっとかしら。少なくとも私が息を引き取る時には、地図をすべて塗り替えていたいわ。
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