357.気づいていなかったなんて

 言われた兄は、指折り数えながら説明を始めた。


「下心ありでヒルトを散歩に誘ったこと。散歩の目的がエドとの密会で、騙したこと。妊婦であるヒルトに心労をかけたこと、です」


 いつもなら「かけたことだ」で終わる語尾が、違う響きになってるわね。でも足りないわ。足を崩す許可は出せそうにないわね。


「それだけ?」


「え、ええっと」


 うーんと天井を仰いで考える。この素直さはお兄様の評価できるところよ。でも利用されてしまう。普段は駆け引きも用心も出来るのに、身内の枠に入れた人に甘いのは何故かしら。


 私ならお兄様相手でも手を抜かない。テオドールなら当然よ。夫だとか家族だとか、そんな括りで対応を変えたら危険だもの。この辺の危機意識が甘いのよ。


「すまない、分からない」


 正直に白状した兄に、私はヒントを与えることにした。これはね、本人が気づかないとダメなの。そうしないと同じことを繰り返すでしょう?


「執務室へ迎えにきてすぐよ。思い出してご覧なさい」


 ほとんど答えなのだけれど、ようやくお兄様は気づいた。そして顔色を青くしていく。自分の言動がどう受け取られるか、やっと分かったみたいね。


「ヒルト、私は妹の暗殺など企てていない」


「当然よ。それで答えは?」


「……王太女であり、次世代の王族を宿したヒルトから……護衛を引き離したこと」


 言いづらそうにしながらも、お兄様は正解を導き出した。己の罪を自分で挙げ連ねることで、同じ失敗が格段に減るわ。


 にっこりと微笑み、口角を上げて頷いた。


「正解よ、お兄様。テオドールの同行を嫌がって阻んだ。何もなく散歩だけなら、それでも問題にならないの。でも、バッハシュタイン公爵が動いた。お兄様は事前に知っていて、次期女王から護衛を遠ざけ、敵かも知れない男の前に私を差し出した」


 言葉を置き換えるだけで罪の重さが変わる。妹と話をしたがる友人に会わせるため、妹を散歩に連れ出した。当初のカールお兄様の考えはこの程度よ。でもね、結果をご覧なさい。


 次期女王の護衛であるテオドールを引き離し、妊娠中の妹を危険に晒す毒物を飲ませようとした男に加担する。そう表現するだけで、お兄様は反逆罪に問われる状況だった。たとえ毒となるハーブティーに悪気がなかったとしても、飲む前に邪魔する気であったとしても。関係ないのよ。


「後から言い訳はいくらでも出来る。だからこそ、事実の塊である行動を律して頂戴。これは最後の温情で、二度目はないわ」


 側近であるエルフリーデの夫であり、私の実兄だとしても。同じことを繰り返せば、次は許さない。言い切った私の厳しい表情に、兄の喉がごくりと動いた。


「申し訳なかった。二度としない。もっとよく考えて行動する」


 本当にそうして欲しいものね。頭を下げて詫びる兄に顔をあげる許可を出す前に、ノックの音が響いた。


「お兄様、頭を上げていいわ。エレオノール、お願いね」


「はい」


 兄妹喧嘩を目撃したような顔をして、エレオノールは扉を開いた。入室したエルフリーデは、唇を噛み締めている。コツコツと踵の音が響いた。珍しいこともあるわね、この子は足音を忍ばせるのだけれど。


 そう思った私の前で跪く婚約者の前で止まり、硬い踵で蹴り上げた。顎を直撃した攻撃に、後ろのクリスティーネが「痛そう」と呟いた。

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