345.大変です! と報告しないのは偉いわ

 バッハシュタイン公爵の動いた理由が知りたいわ。なのに仕事を取り上げたいお母様とテオドールの結託で、まったく情報が入らなかった。


 エレオノールはどうかしら。いえ、ダメね。バルシュミューデ侯爵の秘蔵っ子、と呼ばれ始めた彼女は手強いわ。クリスティーネも知っていそうだけど、逆に丸め込まれる気がした。外交官の肩書きは伊達じゃないのよ。


 リュシアンは興味がないから知らないだろうし、まだ帰還していないお兄様やエルフリーデは何も知らない。手詰まり? いいえ、どこかに抜け道があるはずよ。


 テオドールを色仕掛けや褒美で落とすのは、ミイラ取りになりそうで危ないわ。いっそお父様を落とす? 少なくともお祖父様より与し易いはず。あれこれと考える私に、テオドールはカールお兄様の予定を伝えてきた。


「明日、ローゼンベルガー王子殿下と婚約者のツヴァンツィガー侯爵令嬢が帰還されます」


「カールお兄様とエルフリーデの出迎えは許されるのよね?」


「ええ、エスコートさせていただきます」


 転ばないようテオドールを杖代わりに連れていけば、反対されない。そう匂わされ、素直に頷いた。書類仕事は半分以上お母様に取られ、他に仕事がないんだもの。


 譲位の準備はあるけれど、今日明日で動く話でもない。文官や貴族への根回しも、有能な側近が処理してしまった。私に出来ることは、お腹の子を育むことくらいね。


「明日は朝? それとも夕方?」


「予定ではお昼前でした。その後でブランチをご一緒してはいかがかと」


「いいわね、準備して頂戴」


 野営もしてきたお兄様達を、お庭に招くのは上策ではないわ。すぐ休めるよう、客間に用意させましょう。来賓用の続き部屋がある客間がいいわ。


 広い居間もあるし、お風呂や身支度も出来る。一応まだ未婚の男女なので、居間と繋がる扉を施錠するよう伝える方がいいわよね。外聞って大事だもの。


 差配して、また暇になってしまった。あふっと欠伸をひとつ。


「ブリュンヒルト様、事件が起きました。ローゼンベルガー王子殿下率いる騎士団が、何者かに襲撃されています。援軍を手配しましょう」


 青ざめたエレオノールの言葉に、私はすぐ影を動かすよう指示を出す。


「テオドール」


「すでに襲撃事件は終結しております」


 ちらっと窓の外へ目を向けたテオドールの声は落ち着いており、報告が入ったのだと胸を撫で下ろす。お兄様やエルフリーデに何かあれば、そういうはずよ。


「無事なのね」


 念押しで尋ねた私に、テオドールは飄々と答えた。


「精霊の剣の乙女が振るった魔法により、騎士団にケガ人はございません。王子殿下もほぼご無事ですが……」


 意味ありげに言葉を切らないで頂戴。勿体ぶるの、悪い癖よ。ほぼ無事って、無事じゃない部分があるのね?


「呪われたようです」


「……全然無事ではないわ」


 呪われたですって? この世界が日本で作られた物語の集積だから、嫌な響きに聞こえる。筋肉が減ったから、呪いに負けたのかしらね。以前の兄の筋肉を思い浮かべ、あれなら弾けたと思う。そんな感想を抱いた。

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