174.告白から始まるお見合い
「アンジェラ嬢、僕を夫にしてください! というか、断られたら死にます。下僕でもいいので、おそばに置いてください」
うわぁ……重い告白ね。王太女として鍛えた表情筋が、ギリギリのところで本領発揮する。危うく顔を引き攣らせて、飛び退るところだったわ。持ち堪えたらこちらのもの。どこかの執事が言いそうなセリフだった。
広げた扇で顔半分を隠す。お膳立てしたお見合いの席は、お茶会の形を取った。未婚の貴族令嬢や令息が集まる状況なら、これが一番自然で勘ぐられないから。すでに我が手に落ちたも同然のルピナス帝国の庭で、用意させた円卓に全員が着席する。
その直後が、エトムントの告白だった。レースが美しいヴェールで、顔どころか頭まで隠したアンジェラは、私達に優雅なカーテシーを見せる。伯爵令嬢としてなら、満点以上の礼儀作法を学んだようね。
淡い水色のレースに合わせて、薄紫のドレスを纏っていた。手や首筋は普通なので、スカートの中の尻尾と頭の耳くらいかしら。獣人の特徴は見えなかった。
先に到着したエトムントと雑談をしながら待つ私達は、父親のヴァルター伯爵にエスコートされたアンジェラ嬢の挨拶を受けて立ち上がる。会釈で済ませる私の両脇は、女性で固めていた。クリスティーネとエレオノールだ。
彼女達は優雅なカーテシーを披露し、直後、エトムントの告白に固まった。ほぼ叫ぶ状態で、全力の土下座を見せる公爵令息……いくら次男でも腰が低すぎるんじゃない? 正確には、頭が地に付いてるわね。
「あれって標準なの?」
「いいえ、異常ですわ」
ルピナス帝国の作法や慣習は一通り学んだけれど、土下座なんてあった? そう尋ねた私へ、クリスティーネは淡々と否定する。しかも微妙にマイナス感情が滲んだ口調ね。
ツンデレ系美女クリスティーネの基準で、エトムントは失格らしい。まあ、彼女のための見合いではないので問題ないわ。アンジェラは困惑した様子で、父を見上げる。驚いた表情ながら、咄嗟に娘を庇って前に立ったクリストフは私に視線で問う。これは仕掛けなのか? と。
残念だけど、そんな趣味ないわ。それに一般的な公爵令息はプライドが高いから、私に命じられても土下座なんてしないと思う。そういった返答を込めて、ゆっくり首を横に振った。
父の背に隠れたアンジェラは、ちらりと横から覗いた。小柄で可愛らしい彼女の仕草は、猫というよりリスの方が近い。小動物系の愛らしさだった。
「エトムント殿、その勢いではご令嬢が驚いてしまうわ」
遠回しに、さっさと起きろと伝えた。貴族の会話の常とはいえ、「バカじゃないの?」と言いかけた本音は飲み込む。テオドールに近いタイプね。彼は今、害虫となった痴女を追っているから留守なのよ。
「す、すみません。理想の女性なので、逃げられたくなくて」
「アンジェラ嬢、安心してお座りになって」
父クリストフと並んで座る彼女は、怯えた様子ではなかった。ただ驚いただけらしい。用意されたお茶をエレオノールが銀匙で確認し、私も同様に愛用の匙を入れる。エトムントはその頃になってようやく埃を叩き終わり、クリストフとクリスティーネの間に腰掛けた。
「お気遣いとお誘いに感謝いたします」
私に挨拶をしたアンジェラに、ちょっとだけ「欲しいな」と思ってしまう。この国の要として重要だから引き抜かないけど、この子も優秀だった。私の肩書きや呼称を口にしない。自国の立場が不安定だから、揚げ足を取られないよう気遣った。
惜しいわ。もしエトムントとうまくいかなければ、引き取っちゃおうかしら。
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