364.気の利いたお見舞いが嬉しいわ
側近達の見舞いを断り、代わりに報告を一日一時間だけ受けることにした。私は横たわって聞くだけ。簡単な指示を出すことは出来るけれど、当然動くのは禁止だった。
我が子と引き換えてまで仕事はしないと言っても、誰も信じないのは何故かしら。私はそんなに人でなしに見えるの? それとも仕事の虫だったりして。
「バッハシュタイン公爵夫人より、お見舞いがございました」
ようやく三日間の世話禁止の解けたテオドールは、嬉々として私の世話を焼く。彼が持ち込んだのは、薔薇の花だった。ただし生花ではなく造花、それも絹で出来ている。
「すごく綺麗ね。早速飾って頂戴」
生花の中には、花粉や匂いが妊婦によくない種類もある。寝込んでいるわけではないけれど、鉢の植物を差し入れるのも「根付く」として嫌われた。この辺は日本人が作った小説の影響でしょうね。
絹の花は水を張らない花瓶に差して飾られた。香りもないから、香水を振りかけることもなかったみたい。さすが悪阻経験者は違うわね。バッハシュタイン公爵が仕事を放棄して帰宅するほど、悪阻が酷かったと聞いていたもの。
「見事ね、こんな気の利いたお見舞いは初めてだわ」
「こちらは公爵夫人のお手製だそうです」
テオドールが思わぬ情報を持ち込み、驚いて花を二度見する。この繊細なかすみ草も、赤い花弁が艶やかな薔薇も、ピンクのスイートピーも……手作りなの?! どこかの職人に作らせたのかと思った。
「丁寧なお礼を……それと、主治医の先生に相談があるのだけれど」
「はい、お伺いしましょう」
畏まって待つテオドールへ、話し相手としてマルグリッドを呼びたいと願った。仕事をしてはダメなのは理解している。だから、仕事と関係ない公爵夫人なら構わないはず。それにずっとベッドの上で退屈なのも手伝い、縋るようにして願いを口にした。
もちろん、彼女が同意してくれたらだけど。手作りのお見舞いをくれるなら、大丈夫だと思うの。それに経産婦なら、私の異常に気付いたら侍女や医師を呼んでくれるでしょう?
少し考えた後、テオドールは条件付きで許可を出した。侍女二人以上、またはテオドールの同席が条件よ。そのくらいは構わない。そもそも断ったって、あなたはここにいるじゃない。
わくわくしながら待つ私は、ノックの音に入室許可を出した。幼子を抱いた公爵夫人は、乳母に任せない方針なのね。
「お呼びだてして悪かったわ、公爵夫人」
「どうぞ、マルグリッドと。王太女殿下の体調に触るようでしたら、この子は退室させますわね」
「そうだったわね、マルグリッド。ソファーに腰掛けて頂戴。テオドール」
「畏まりました」
すぐにヴィンフリーゼが合流する。マルグリッドの隣で大人しく座っていたローラントが、そわそわし始めた。ヴィンフリーゼも気になるようで、テオドールの腕から降りようと手足をばたつかせた。
「ヴィンフリーゼ、仲良くするのよ」
言い聞かせて頷くのを確認した。私の承諾を待って、テオドールが彼女を下ろす。よたよたと歩くヴィンフリーゼに、同じように下ろしてもらったローラントがよちよち近づいた。手が届く距離で威嚇する猫のように、お互いの出方を窺っている。これは放っておいても平気そうね。
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