363.一ヶ月、動かずお過ごしください
魔法があったり精霊が存在する世界であっても、妊婦が命を落とす確率は高い。腹を切っての手術が出来なかったり、リハビリへの理解が足りなかったり。医療自体がさほど発展していなかった。
その意味で、助産師という専門職が存在するのは助かるわ。お陰で赤子の死産が減るし、母親の生存率も上がるんだもの。診察を終えて、私は大きく息を吐いた。
「お腹がこれだけ張っているのは、危険です。動かずお過ごしください」
「どのくらいの期間かしら」
「最低でも一ヶ月ほど」
驚きすぎて言葉が喉に詰まった。一ヶ月も? 漠然とした不安が広がった。大切なこの時期に、こんな長い時間動けないなんて。クリスティーネのお茶会は大丈夫? すでに派閥間で争いがあったと聞いている。
リュシアンの報告は受けてもいいわよね。そうしないと一ヶ月後に知る情報なんて価値ないわ。何より執務の大半をお母様が負担していた。エレオノールが補佐に入っているけれど、さらに増える結果になる。
お兄様とエルフリーデの様子も気になった。クリスティーネの手伝いをするよう話したけれど。バッハシュタイン公爵夫人のことも放置してしまう。こちらに呼び出しておいて、お茶会の約束をして放置だなんて最低だわ。
「連絡はしておきます。いいですか、絶対に部屋から出ないでください」
「…………」
返事ができずに顔を逸らした私に、テオドールは厳しい表情を向けた。
「分かりました。では動けないように拘束させていただきます。半刻ほどで戻りますので、トイレも水も我慢してくださいね。ご安心ください。もしベッドを汚しても、私が綺麗に致しますから」
それって垂れ流せって意味よね。
「……ごめんなさい、部屋から出ないと約束するわ」
拘束は一時的にお預けとなった。一時的というところが怖い。私が部屋から出たと報告を受けたら、すぐに縛り上げに帰ってきそう。
横たわると腹部の圧迫が楽になる。表現が悪いけれど、便秘でお腹が張った時に近かった。鈍い痛みと膨張した感じの圧迫感、それから不思議と眠いのよ。大人しく寝て待つことに決め、私は目を閉じた。
頭の中で、様々な懸案事項が浮かんで消える。対策と最悪のシナリオを同時に吐き出しながら、混乱していった。それでも唐突に眠りは訪れるもので……糸が切れた人形のように意識が途絶える。
「ブリュンヒルト殿下、起きられそうですか」
私室で公的な呼び方をするなんて。そう思いながら目を開くと、テオドールの後ろにお父様とお母様がいらした。
「流産するかもしれないそうね。体を大切になさい。もちろん、お腹の中の子も」
お母様は屈んで、私の額に手を当てた。ひんやりしていて気持ちいい。ほっとして体から力が抜けていく。お父様も心配に顔を曇らせ、ベッド脇に膝を突いて視線を合わせた。
「仕事は二人でこなすから心配しなくていい。ヴィンフリーゼは時々連れてくるから。とにかく体を休めて欲しい」
ちらりと視線を向けた先で、テオドールが澄ました顔をしていた。これは……あなたの作戦ね。お母様やお父様は嬉々として参加したでしょう。この後の展開も読めてしまった。次はお兄様から始まり、側近達が次々と同じように心配を口にするのよ。
「ご心配ありがとうございます。しっかり静養いたします」
遠回しに、ここまでで打ち切りと告げた。満足そうなテオドールには、私の世話を三日間禁じる罰を与えましょうね。きっとこれが一番堪えるはず。
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