453.(幕間)先に行って待っているわ
同族嫌悪かしらね。嫌になるくらい、私にそっくりな娘は「理解したくない」と突き放した。同じ考えに至ったから、理解することを拒否した。それもまた道でしょう。
私は育児に関しても、政に関しても、後悔していない。女王として何一つ間違っていなかった。そう思えるから、頑なに拒否するブリュンヒルトに内心首を傾げた。
別荘なり砦なり、好きな場所へ出ていけ。離宮はもう使わせない。そう宣言したブリュンヒルトの成長を、素直に口にした。きっとこれが最後だから。嘘も偽りもない本心を……。
「立派な女王になったわね」
ぐっと拳を握った娘の瞳が潤む。それでも表情を変えないのは正しかった。そして、二重になった壁の向こうに孫達を潜ませたのも。とても正しい選択だわ。
私は前女王として絶対に謝らない。頂点に立つ者が後悔を口にすれば、下に従う者の心を傷つけるの。彼らは命令に従うだけ、逆らえなかった命令を実行するのが役割だった。その命令を後悔する姿を見せたら、信頼と信用が揺らぐ。
心の中で悔やみ泣き叫んだとしても、表に出してはいけない。それが矜持というものよ。大きく息を吸い込んだ。
飛び出したフリッツの涙ながらの訴えは、王族としてみたら失格だった。でも祖母としては満点をあげたい。リゼの許さない宣言は王族として完璧だわ。次期女王の器を確認できて、私は何も思い残すことはない。
口角を上げて笑顔を作り、悠然と歩くヴィンフリーゼは、悲しいほど似ていた。私とブリュンヒルトに、そっくりよ。悲しくても痛くても顔に出さない。王として正しいのに、人として悲しい生き方だわ。
いつか、私にエリーが現れたように。ブリュンヒルトにテオドールが寄り添ったように、あなたにも相応しい夫が出来る。それまで潰れないでね。心の中だけで激励を送り、傲慢な口調を作った。
「私は前言撤回はしないし、女王である娘にさせる気はない。失礼するわね、引っ越しの準備があるの」
声は震えなかったかしら。娘にも孫にも、絶対に謝罪をしない。これが今生の別れでも構わなかった。女王の座に就いた日から、覚悟していたの。ろくな死に方はしないって、ね。
毅然と顔を上げて出ていく。俯いた姿を見せたくないから。後から追いかけたエリーが肩に手を置いた瞬間、堪えきれなかった感情が零れ落ちた。たった一粒の涙は、頬を伝って胸元に染み込む。
「ごめんなさいね、エリー。巻き込んだわ」
「僕はいつだって君の味方だ。たとえ君が世界を滅ぼす魔女だったとしても」
また潤んだ瞳を誤魔化すために、何度も瞬きを繰り返す。さあ、引っ越しの準備をしなくちゃ。
あれから何年経ったのでしょう。成長したフリードリヒは、妻となる女性を連れてきた。カールハインツの娘で、従姉妹だから血が近い。でも反対はしなかった。次の世代で外から血を入れればいいこと。
二人の孫が幸せになるなら、それでいいわ。ベッドの上から起きられない私の手を握り、幸せになると誓った。若い二人に私が出来るのは、否定しないことくらいね。
「マーリエ、今日はもう休もう」
「いいえ。気分がいいのよ」
掠れた声で訴える。明るい日差しが差し込む部屋で、すっかり年老いた夫を見上げた。顔を見せたフリッツ達と違い、ヴィンフリーゼは絶対にここに近寄らない。それでいいの。気にしているのか、パトリツィアが時折手紙を送ってきた。
姉ヴィンフリーゼや夫パトリスの話、自分の近情、ブリュンヒルト達の騒動など。いつもたくさん書いてあった。
「……悪いことをしたわね、私」
こんなに良くしてもらい、最後まで何一つ不自由なく過ごせたこと。一言だけお礼と謝罪を伝えたいけれど、今さらね。
「マーリエ?」
「エ、リー……待って、わね」
先に行って待っているわ、愛するあなた。これが私の最期の言葉となった。薄れていく意識を自覚しながら、目を閉じる。エリーの必死に叫ぶ声が聞こえた。
待っているって言ったじゃない。ゆっくり、私を待たせてから追って来なさい。いつまででも待っているから――。
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アマーリエお母様は、最期まで己を貫いた人です。後悔してもそれを口に出さない。その決意の固さは、ブリュンヒルト以上かもしれません。
次のリクエストは、子ども達から見たブリュンヒルトとテオドールですね。
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